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聖書​の​見方

魂​に​つい​て​の,また,人​が​死ん​だら​魂​が​どう​なる​か​に​つい​て​の​考え方​は,宗教​に​よっ​て​様々​です。しかし,聖書​は​その​点​を​はっきり​と​説明​し​て​い​ます。

魂​は​死な​ず​に​生き​続ける​の​です​か

一般​的​な​考え

多く​の​人​は,魂​は​不滅​だ​と​信じ​て​い​ます。魂​は​生まれ変わり​を​繰り返し,それ​まで​の​肉体​が​死ぬ​と​別​の​肉体​に​なっ​て​現われる,と​考える​人​も​いれ​ば,魂​は​やがて​天国​や​地獄​の​よう​な​別​の​世界​に​行く,と​考える​人​も​い​ます。

聖書​の​教え

聖書​に​よれ​ば,魂​は​不滅​で​は​あり​ませ​ん。実際,聖書​は​幾​度​も,魂​を​死ぬ​もの​と​し​て​描写​し​て​い​ます。聖書​の​一部​を​筆記​する​の​に​神​に​用い​られ​た​預言​者​エゼキエル​は,罰​と​し​て​魂​に​死​が​臨む​こと​が​ある,と​述べ​て​い​ます。聖書​の​別​の​箇所​で​は,遺体​を​指し​て,「死ん​だ​魂」と​いう​言葉​が​使わ​れ​て​い​ます。(レビ​記 21:11)明らか​に,魂​は​不滅​で​ある​と​いう​考え​は​聖書​の​教え​で​は​あり​ませ​ん。

「罪​を​犯し​て​いる​魂 ― それ​が​死ぬ」。エゼキエル 18:20

魂​は​肉体​と​は​別個​の​もの​です​か

一般​的​な​考え

魂​は​人​が​生き​て​いる​間​は​肉体​に​力​を​与え,人​が​死ぬ​と​肉体​から​出​て​行く,と​信じ​られ​て​い​ます。

聖書​の​教え

聖書​に​は,ある​母親​が「魂」,つまり,呼吸​する​生き​た​人​を​産ん​だ,と​いう​記述​が​あり​ます。(創世記 46:18)事実,「魂」を​表わす​聖書​中​の​ヘブライ​語​は,「呼吸​する​もの」と​も​訳せ​ます。動物​を​指し​て​用い​られ​て​いる​箇所​も​あり​ます。また,食べ物​を​必要​と​する​もの​と​し​て​も​描写​さ​れ​て​い​ます。(申命記 12:20)もし​魂​が​肉体​と​は​別個​の​存在​で​ある​なら,魂​に​は​呼吸​し​たり​食べ​たり​する​必要​が​ある​でしょ​う​か。聖書​中​の「魂」と​いう​語​は​ほとんど​の​場合,体​や​感情​や​個性​を​含む,生き​た​人​全体​を​指し​て​い​ます。

「彼女​は……魂​十六​人[を​産ん​だ]」。創世記 46:18

人​が​死ん​だら​魂​は​どう​なり​ます​か

聖書​の​教え

人​が​死ぬ​と​肉体​が​朽ちる​の​と​同様,「シェオル[つまり​墓]に​は,業​も​企て​も​知識​も​知恵​も」あり​ませ​ん。(伝道​の​書 9:10)人​は​死ぬ​と「地面​に​帰[り,]その​日​に​彼​の​考え​は​滅びうせる」と,聖書​は​はっきり​述べ​て​い​ます。(詩編 146:4)死ん​だ​魂​は​無​活動​の​状態​に​ある​の​で,聖書​は​しばしば,死者​は「眠っ​て​いる」と​比喩​的​に​表現​し​て​い​ます。―マタイ 9:24

考え​て​みる​べき​な​の​は​なぜか

家族​や​友人​が​亡くなる​と,次​の​よう​な​疑問​が​頭​を​よぎる​でしょ​う。「あの​人​は​どこ​に​いる​の​だろ​う。どんな​状態​に​ある​の​だろ​う​か。苦しん​で​いる​の​だろ​う​か」。聖書​は​はっきり​と,死ん​だ​人​は​無​意識​で​ある​と​述べ​て​い​ます​から,亡くなっ​た​家族​や​友人​は​もう​苦しん​で​は​い​ませ​ん。その​こと​を​知る​と​安心​でき​ます。さらに​うれしい​こと​に,エホバ​は,無​意識​の​死ん​だ​魂​を​将来​生き返ら​せる,と​約束​し​て​くださっ​て​いる​の​です。―イザヤ 26:19

「死ん​だ​者​に​は​何​の​意識​も​な[い]」。伝道​の​書 9:5