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父を尋ね求めて

父を尋ね求めて

父を尋ね求めて

カーム・ソングは疲れていました。忙しい一日でした。でも,今の仕事は好きなので,満足感があります。妻がつくったおいしい食事をすませたあと,妻や二人の幼い子供たちと楽しい時を過ごしていました。妻のオイはせっせと縫い物をしていますが,とりたてて忙しいわけでもなく,聞いてくれる人がいればだれとでもおしゃべりをします。カームはとりとめのない話の相手をしながら考えはじめました。

自分がそう思うだけなのだろうか,それとも妻が前よりきれいになったのだろうか。食事までいつもよりおいしいような気がする。それも気のせいだろうか。確かにカームはいい気分になっていました。しかし,注意して見ると妻の身繕いもよくなっています。さらに大切なことに,カームは妻の顔に目を留めました。長い間見られなかった,くつろいだ,明るい表情をしています。カームはそのことをうれしく思いました。カームは妻を愛していましたし,それがお互いの感情であると信じていたからです。しかし時には結婚生活に波風の立ったこともありました。妻は働き者でまじめでしたがとても怒りっぽくて,批判がましい言葉にはすぐにかっとなる傾向がありました。

そんなことを考えているときにカームはふと,ここ何週間もオイとけんかをしていないことに気づきました。つい昨日も,あのおいしいマンゴーともち米の御飯を食べながら,仲良く生き生きとした会話を楽しんだことを思い出しました。一度意見の食い違いが生じたこともありましたが,それも穏やかなやりとりに終わりました。カームはその喜びをしみじみ味わいました。

カームは両親のいない家庭で育てられました。母親は彼がまだ幼いときに亡くなりました。父親についてはいくらか謎に包まれたところがありました。カーム自身は父親の顔を覚えていませんでしたが,兄や姉は,父親が子供を残したまま家を出て行ったというような言い方をし,父親のことはあまり話したがりませんでした。一番上の姉が食事の支度をし,そのほかの家事をするのも大抵その姉でした。それでも,家族的な精神の満ちた家庭らしい家庭とは言えませんでした。みんなが勝手気ままに暮らしていました。確かに姉は一生懸命に努力していましたが,いつも疲れており,時間的にも金銭的にも余裕がないようでした。姉が生活費を,別の場所に住んでいる一番上の兄のツエンからもらっていたことをカームは知っていました。それでもぎりぎりの生活でした。それで姉は朝市の売り子になって働きました。カーム自身について言えば,一個人として関心を示してくれる者はだれもいなかったので,自分がまるで孤児か,望まれない子のような気がして孤独でした。子供のときには大抵独りで遊び,独りで考え,少し大きくなってからは独りで物を作りました。

おもちゃの車と手紙

カームは物の出来栄えのよさを評価する鋭い勘を身に付けていました。カームを感心させた物の一つは,父親が家を出る前に作ってくれていた木製のおもちゃの車でした。父親はかって牛車を作る仕事をしていました。このおもちゃの車は実によくできていたので,カームは,職人としての父親に深い敬意を抱かずにはいられませんでした。大きくなるにつれてその気持ちはとりわけ強くなりました。父と同じ仕事をしたいという気持ちに駆られたのもそのためでした。しかしそれは,古い家にまだ置いてあった父の道具を使って試行錯誤を繰り返しながら学ぶことにほかなりませんでした。自分の子供がその車で遊んでいるのを見ても,思い出すのはいつも父親のことでした。しかし,その背後には割り切れない気持ちもありました。こんなすばらしいおもちゃを作ってくれた父が,どうして家を出てしまって家族を顧みずにいられるのだろう,とカームは考えました。

父親のことがある程度分かってきたのは,結婚してからしばらくして,一番上の姉の家を訪ねたときのことでした。その時にはその姉も結婚していて,元の家に住んでいました。カームは生まれつきよく目が利いたので,父の作った家を見回して感心していました。そして父親のことを思い出し,いったいお父さんはどうなったんだろう,という話をまた持ち出しました。「そんなこと,分かるもんですか」と,姉はいらだたしい表情で言いました。そして,引き出しの奥から古い手紙の束を取り出すと,それをバサッとカームの前に投げ出し,「読んでみなさい。お父さんからツエンにきた手紙だよ。あんたに上げる。わたしが持っていたって何の役にも立たないんだから」と言いました。それでカームはその手紙を家に持ち帰って読みました。

カームは,その手紙を読んで非常に興奮し,オイにもその一部を読んで聞かせたのを思い出しました。「やっぱり父はいい人だったんだな。腕のよい職人というだけではなく,良い父親でもあったわけだ。一番上の兄のツエンを通して全家族を養っていたんだ。結局,父はみんなのことを本当に気にかけていたんだ。だってね,僕のことまで書いた手紙もあったよ。お金を無駄遣いしたのは,ツエン兄さんだったんだ。あの女友達と駈け落ちをしたときだ。兄さんはわずかばかりのお金を姉さんに送ってきていたが,それも自分のお金を送っているように見せかけてね」と,カームは言いました。そしてオイに向かって強調するように,「考えてごらん,父はいい人だったんだ。僕たちのことを思っていてくれたんだ」と語りました。それらの手紙には全部のことが書かれてはいなかったので,父親がどこにいるのか,いつ戻るつもりなのか,その手掛かりはつかめませんでした。カームは,父親のことがもっとよく分かるようになるのが楽しみだ,とオイに話したのを覚えています。「いつか不意に姿を現わすかもしれないね」と,彼はオイに言いました。

最近起きたこうした出来事を黙想していたカームは,鉛筆を削って欲しいと言う幼い息子の声に我に返りました。カームは,その鉛筆を削る代わりに,息子が自分で削れるように削り方を教えてやりました。お父さんが教えてくれたんだ,と言いながら妹に鉛筆を削るところをうれしそうに見せている息子を見てカームは,鉛筆を削ってやる者としてだけではなく,父親としても「及第点」をもらえるだろう,と考えました。こうしたことから見ると,あの手紙を読んで以来,自分が父親の役目をよりよく果たしているように感じました。しかしカームは自分に正直だったので,家庭内の雰囲気がとても良くなったことにはもっと大きな理由があるに違いない,と見ていました。『いったいそれは何だろう。オイがあんなに変わったのはどうしてなんだろう』と考えました。

そのころのカームは,自分が父親のことを知って興奮していたことが妻のオイに大きな影響を与えていたのを知りませんでした。良い父親を知るということが,それまでその父親を知らなかった人に非常に大きな喜びをもたらすということにオイが気づくようになったのは,実はそのときが初めてでした。

カームはものうげに辺りを見回し,思索にふけっていましたが,もう一度妻のオイに視線を移します。なんと晴れやかな表情だろう。交際を始めたばかりのときのような表情だ。そういう考えから勇気を得て,「最近,うちの家庭のことについて何か気づいたことはないかい?」と尋ねてみました。するとオイが,何のことだろう,というような顔をしたので,カームは,「雰囲気のことを言っているんだよ」と言い添えました。「ええ,ありますよ。前よりも良くなりましたね」と,オイは答えました。自分の振る舞いのことを言われると腹を立てかねないのを知っているので,カームは用心しながら,「その原因は何だと思う?」と尋ねました。

オイは,さっきほどの手早さは見られないもののしばらく縫い物を続けていました。が,やがて手を止めました。カームはかたずをのむ思いでした。これは,オイが自分に向けられた批判とみなし,やがて怒りを爆発させるときの状態であることをカームは知っていました。ところがオイは怒っている様子はなく,何かを深く考えているような表情をしていました。「お父さんのことが分かってから,あなたは確かに変わったわね,カーム。わたしはあの時そのことに気づきましたよ。そして,そのことから,わたしも良い父親を持つことの大切さをつくづく考えさせられました。本当のことを言うと」と,オイはしばらく間をおいて,「あなたが自分のお父さんを“発見”したという経験は,わたしが父を見いだす助けにもなっていると思います」と言いました。「なんだって? 君が……お父さんを捜すだって? 君のお父さんなら前からちゃんと分かっているだろう? 十字路のそばに住んでいるじゃないか」。「ええ,それは分かっていますよ。そのことに慣れっこになってしまって,粗末にしているかもしれませんね。でもわたしが言うのはそのお父さんのことではなくて,もう一人のお父さん,つまり最初のお父さんのことよ」。オイがいつもと変わらぬ態度で話してくれるので,カームはほっとしましたが,その答えには戸惑いました。カームは一人の父親を捜すのにも苦労をしているのに,「もう一人のお父さん」,「最初のお父さん」がいると言うのです。「『もう一人のお父さん』とか,『最初のお父さん』とか,それはいったいどういう意味なんだい?」 すると妻はくるりと振り向き,長い間見せなかった非常に魅惑的な微笑を浮かべて,「あなた,本当に知りたい?」と尋ねました。「もちろん」と,カームは笑いながら言ってゆっくりと体を動かし,答えを聞く姿勢になりました。

オイはミシンから離れ,カームのそばに来て座りました。「カーム,火曜日の午後,二人の女の人がこの家に来てくださっているのをご存じ?」「いや,知らないね。しかし,見覚えのない女の人を何人かこの辺りで見かけたことはあるね。あの人たちはだれなんだい?」「二,三か月前のことだけど,あの二人の女の人がうちに来てわたしに話したいと言うのね。優しそうな人たちだったので中に入ってもらったの。すると一人の女の人が,世の中の不安定な状態について話しはじめ,その解決策があると言うのよね。それで,この人たちは戸別訪問をして宗教の本を配布しているグループの女の人たちだということに気づいたんだけど,だれにでも礼儀正しくしなければいけないと思ったのでそのまま続けて話を聞いたのね。全部分かったわけではないけれど,その人たちの言うことにも,もっともなところがありました。それから片方の人が面白いことを言ったんです。最初の人間の創造者つまり父親は,あらゆる国から人々を集めて一つの大きな家族をつくり,その家族の父親に……」と言うとオイは少しためらっていましたが,また言葉を続けました。「そしてその家族の神になるのです,とその人は言うのよ。あなたにも分かると思うけど,わたしはもっと偉大な父親のいる,もっと大きな家族の一員になるという考えに,とても興味を感じたの。それで,そのことについてもっと知りたいと言ったら,翌週もその人たちは来て話してくれたのよ。それから毎週来てくださっているの。今わたしは,あの人たちの言うことは本当だという気持ちになりかけているの。だから,お父さんを見つけた,と言ったのよ」。

それを聞いてカームは何も言いませんでしたが,これは困ったことになった,と思いました。「最初のお父さん」についてオイが言ったことには,カームも心を引かれるものがありましたが,「神」という言葉を聞いてからは心配になり,オイはどうなるんだろうと思いました。宗教の狂信者になってしまうのだろうか。カームは妻が自分に身を寄せるようにして座っているのに気づきました。難しい事柄をこんなに睦まじく話し合ったのは何年振りかのことでした。妻をここまで変えることができたのであれば,彼女が得た新しい宗教的な考えも,まんざら悪いものではないはずだ。妻の態度にこたえるように妻を抱きしめたとき,カームはかなり違った考え方をしていました。そのためにカームは一層くつろいだ気分になりましたが,それでも「神」という言葉は気になります。オイはそのことを知っていたに違いありません。その言葉を口にするのをオイがどんなにためらったか,カームは気づいていたからです。

二人の心と思いがいつになく親密であるのを感じたカームは,楽な気持ちで心を打ち明けました。「ねえ,あの神という言葉は気になるね。君はどうなんだ?」「初めのうちはわたしもそうでしたよ,カーム。でも,どうして気になるのか理由は分からなかったわ。もちろん,この辺の人たちで神を信じている人はまずいないわね。神と言うとあからさまにあざける人たちもいますよ」。するとカームはしばらくして言いました。「なるほど。そのことは大いに関係しているかもしれないね。そう言えば,僕の実家の者たちも,父の話になると必ず嘲笑する傾向があったように思う。僕自身もそういう気持ちになったことが時々あった。もしあのおもちゃの車がなかったなら,そしてあの手紙を読まなかったなら,その気持ちは変わらなかったかもしれない」。「そこのところ面白いわね,カーム。それは,わたしたちが他の人の意見に簡単に左右されるということでしょうね。だから,事実だけを信じ,他の人たちの偏見に影響されないほうがいいと思わない?」「全くだね」と言うと,カームはまたオイを抱きしめました。「僕たちはその主義で行こう。ただ世間の人がするからするというのは良くないね。神という言葉を嘲笑し,『どこに神がいるんだ?』とか,『神なんか見えないよ』と言う人でも,大抵,目に見えない悪霊を満足させることに骨折っているよね。そして悪霊を恐れている人も多いようだが,彼らは神のことを,恐ろしいもの,なだめなければならないもの,と考えているのだろうか」。そこでカームは一息いれ,「神のことを考えると反発を感じるのは,神とは自分に反抗する者たちを責めさいなむ最も強力な悪霊であるという潜在意識があるからだろうか」と尋ねました。

「大勢の人の場合そうかもしれないわね。でも,エホバという名の神はそのような神ではないということを,あの女の人たちは教えてくれましたよ。力の強い神には違いないけれど,間違いをする人たちに対してさえ,憐れみを豊かに示す神なのよ。そしてだれにも責め苦を加えないのよ。とても良いお父さんに似ているけれど,決して死ぬことのない全能のお父さんだから,いつでもすぐに助けることができるのね。エホバは悪霊などと違って,率先して人間を助けてくださるんですね。聖書には,神は愛です,と書いてあるわ」。「『愛』か。もしそれが本当だったら,興味が持てるような気がするな。愛と力が結び付いたら多くのことができるからね」。「わたしもそう思うわ」と,オイは言いました。カームはしばらく黙っていましたが,「しかしだね,それは事実とは合わないようだ。僕たちは事実だけを信じようと言ったばかりなんだが。例えば,神を信じていると言う国々や宗教が,愛のある証拠を示していないじゃないか。神を信じていない者たちと同じように,搾取し合い,殺し合っている」と言いました。「本当にそうね」と,オイは大きな声で言いました。「それはエホバに仕えないで,自分たちが造った神に仕えているからなのよ。本当のことを言うと,その人たちは真の神を誤り伝えているのね。キリスト教の国だと言う国は多いけれど,実際にはキリスト教の国なんて今の世界には一つもないのよ」。「ふーん,それは言えるかもしれないね。それにしても,どうして本当の神を誤り伝えたりするんだろう?」と,カームは言いました。「あなたの実家の人たちはどうしてお父さんのことを誤り伝えているの? 特にツエン兄さんなんか」と,オイは切り返しました。「ああそうか,分かった。ツエン兄さんの場合なんかは,自分にとってそのほうが都合がいいからだ。この話なかなか面白くなりそうだね。しかし,だいぶん複雑なようだから,どこから始めていいか分からないな」と,カームはため息をつきました。

すばらしい考え

妻のオイは,真剣な,しかし優しい表情でカームの顔を真正面から見つめながら尋ねました。「率直に言ってね,カーム。あなた,創造者を信じていらっしゃる?」「それに答えるのはちょっと難しいね。まあ,僕たちの周りにはすばらしいものがあるから,それらをすべて造った創造者がいるとは思うがね」。それからカームはしばらく黙って,オイの整った美しい顔,目の輝き,そしてあの微笑をしげしげとみつめました。『この美しい横顔や姿はどのようにしてできたのだろう。確かに偶然でも盲目の力の働きでもないな。そういうものでは不可能だ』と,カームは考えました。その背後には芸術性があります。滑らかできめの細かい肌も大きな美的要素であることに気づきましたが,でもそれは主要なものではありません。カームは飢えた子供たちの写真を見たのを思い出しました。まだ滑らかな肌をしていますが,こけたほほや,凝視する目をみていると哀れを催します。脂肪がすっかりなくなっているからです。そうかと思うと,人生の盛りを過ぎた人たちのなかには,脂肪はたくさん付いていても均整の美を失っている人が少なくありません。脂肪は欲しくないところに付き,もはや思うようにはいきません。芸術的にコントロールするのは無理です。

長い沈黙を破ってオイが言いました。「カーム,わたしの顔ばかり見て,何を考えているの?」 カームはまたくつろいだ表情に戻り,にこにこしながらゆっくりした口調で言いました。「どうして君のような美しい女性が,創造者,それも芸術的に卓越した創造者なしに,偶然に存在するようになるだろうか。創造者の存在を示す証拠はいくらでもあるんだが,まだ釈然としないところがあるね。問題はみな野放しだし,悪と分かりきった事柄がまかり通っている。どうしてなんだ。創造者はいるに違いない。しかし,なぜ何もしないのかな」。「わたしも以前そこのところが分からなかったの。でも,神は十分の理由があってこれまでは行動を起こされなかったけれど,間もなく事を行なわれるということをあの人たちが示してくれたのよ」。

「『示してくれた』ってどのようにして『示してくれた』んだ?」「それはあの人たちの聖書からよ」。「なるほど。聖書で見たから間違いないというような口振りだね。しかし,君の言う聖書というのはいったいどんな本なんだい?」と,カームは多少いぶかしげに尋ねました。「大きな本よ」と,オイは説明をはじめました。「人類のことを初めから書いてある,人類の一番古い歴史よ。一人の女の人は,聖書は神からの手紙を集めたものだと言ったわ。確か60通以上あると言っていたと思いますよ」。「神からの手紙か」と,カームは繰り返しましたが,少し興奮した様子でした。「ねえ,カーム,お父さんの手紙を読んだときあなたが,この手紙を読むとお父さんに対する見方が変わる,一種の帰属意識を感じる,と言ったのを覚えているわよ」。「本当にそうだったんだ。以前は父が家族を捨てたように思わされていたけれど,あの手紙を読んで,父が僕たちを養っていてくれたこと,そして問題の種はツエン兄さんだったことが分かったんだから」。「カーム,わたしも神からの,つまり最初のお父さんからの『手紙』である聖書を読んだときに,ちょうど同じようなことを感じたのよ。その手紙も問題の原因のありかを教えてくれたんです」。「君はその『手紙』とやらにずいぶん関心があるようだね」と,カームは微笑を浮かべて言いました。「ええ,ありますよ。あなただって,あの見つかった手紙を読んで興奮したんじゃありませんか。しかもあの手紙は一人の人間から来た手紙でしょう?」 カームは仕方なく笑いました。オイの言うことには一理あったからです。

「あの手紙はあなたにとってどうしてそんなに大事なの?」と,オイは聞きました。カームはしばらく考えてから答えました。「それは,父はいい人だといつも感じてはいたけれど,あの手紙を読んでからは,父が本当にいい人であることがはっきりしたし,父が悪く言われていたことも分かり,率直に父に感謝して父を弁護できるようになったからさ」。「そうでしょう。わたしの最初のお父さんからの手紙についても同じことが言えるのよ。その手紙によって,お父さんの名にかかわる疑いが晴れたのよ。あの女の人たちがその手紙の聖書を火曜日に持ってきてくださる約束よ」と,オイは答えました。カームはその手紙に対してしだいに興味を感じてきましたが,そういう様子はあまり見せたくありませんでした。考えてみる時間が少し欲しいと思ったからです。その時,幼い娘が何かをこぼして母親の注意をそらせてくれたので,カームは助かりました。母親は娘を寝かせることにしました。

本当のことを言うと,カームは何ものかに良心をちくちく刺されていました。父親の手紙を読んで以来,父親が家族と自分のためにしてくれたことに対して,感謝の念と責任を感じるようになっている自分に気づきました。人間のそもそもの創造者に対しても同様の気持ちを抱くべきではないでしょうか。もし本当にそういう創造者がいるのであれば。カームは,自分の頭の中にあるその疑問を解決したいという気持ちに駆られました。しかし,どうすれば解決できるでしょうか。カームはおもちゃの車の出来栄えを見て,父親への関心を呼び覚まされたことを思い出しました。そして,ふと考えました。『その最初の父親は“おもちゃの車”を残してはいないだろうか。ああ,やっぱり残している』と,天井に張りついているヤモリの妙技を見ながらカームは考えました。そうだ,人間にとって本当は自然界全体が“おもちゃの車”なんだ,それならそれを調べてみるべきではないか,とカームは思いました。そして,天井で忙しそうに虫を探しているヤモリに注意を向けながら,ひとつ調べてみようと考えました。ヤモリの足はかわいらしい小さな足です。これを造るのは車輪を作るよりもはるかに難しいはずです。ヤモリは足の指の裏にある一種の吸盤で天井に吸い付いてぶら下がらなければなりません。地面にただじっとしているのとはわけが違います。だれがそのように設計し,また造ったのでしょうか。もちろん自分にそういうものが造れないことは分かります。カームは初めて荷車を,それも特に車輪を作ったときのことを思い出しました。初めはとても簡単なことのように思えました。しかし,最初の車輪を作るのになんという努力がいったのでしょう。それを作るには考えることが必要でした。簡単な車輪を作るのにあれだけ考えなければならなかったのであれば,ヤモリの足を造るにはさらにどれだけ考えることが必要だったことでしょう。

カームは部屋の中をどこということなく見回していましたが,最後にオイに目を留めました。オイはまたミシンのところに戻っていました。かすかにまゆ根を寄せ,手には一枚の紙を持っていました。オイの努力に関心を示す必要があると思ってカームは,「何を作っているの?」と尋ねました。「まだ作るところまでいかないのよ」と,オイは答えました。「ドレスの生地を買ったんだけど,どのように切れば布が足りるのか分からなくて考えているところなのよ」。「ドレスを作るのに考えることなんかいるのかい?」と,カームは少しからかうように言うと,話すのをやめてオイの反応を見ました。「もちろん。どのように作るか,うんと考えることが必要よ。ひとりでにできっこないわ」。「お説の通り。何でもひとりでにはできないね」と,カームは言いました。そして,ヤモリの足について自分が下した結論のことを話し,ふたりで笑いました。

妻がまた“考え”はじめたので,カームもまた考えはじめました。そして再びヤモリを見ながら,ほんの一日か二日前に,ふ化したばかりのヤモリがハエを取ろうとしているところを見たのを思い出しました。ヤモリがそうするようにプログラムを組み込んだのはだれでしょうか。最近読んだところによると,ロボットは,車体の溶接といったさまざまな仕事をするプログラムを組み込めるように作られているということです。ここまで来るには人間は何千年もの間思考を蓄積してこなければなりませんでした。それでも,そうしたロボットの一つに,1匹のハエの上手にでるようなプログラムを組み込むことができるかどうか疑問に思いました。そのようにして考えれば考えるほど,創造者は存在する,しかも驚嘆すべき聡明な創造者が存在するという確信が一層深くなります。しかし,この問題に関してさらに十分の答えを得るためには,創造者の存在を否定する人々とじっくり話し合ってみる必要があると思いました。事実,カームが覚えている限りでは,だれかがそのことについて真剣に話しているのを聞いたことはありませんでした。

不満足な答え

それから数日後,カームは町を歩いているときにしばらく振りで昔の級友に会い,近くの喫茶店に入って語り合いました。その友人は好青年で,かなり頭の切れる人でした。事実,彼は大学へ進み,有望なインテリと考えられていました。奥さんは元気かい,と聞かれてカームは急にある事を思いつきました。創造者についてどう考えているか尋ねて見るよい機会です。それで妻が神を信仰する宗教に関心を持っていることを話しました。

カームはその友人の冷笑的な返事に驚かされました。以前の彼は人を冷笑するようなタイプではなかったからです。いずれにせよ道は開けたので,「人間と自然界に見られるものはすべてどこから来たと思う?」という質問をぶつけてみました。カームは耳を傾けて友人の言うことを一生懸命に聞きましたが,全部を理解することは困難でした。その話によると,初めに四つの要素,(カームが思い出せる限りでは)火,水,空気,それに地球が混沌とした状態にありましたが,いろいろなものは偶然に,一歩一歩発達していきました。まず最初に単細胞があり,それが繁殖しました。そのうちにほかのものが発達しました。もしよいものであればそれは繁殖し,そうでなければ死に絶えました。それらのものは偶然に発生し,状況次第で生き残りました。カームは細胞のことはよく知りませんでしたが,非常に実際的な方向に頭が働くほうでしたから,それらの細胞と,自分が本当によく知っているもの,つまり荷車の車輪とを比較してみました。

最も簡単な細胞でさえ,有用であるためには繁殖できるものでなければならないので,車輪よりもけた外れに複雑なものでなければならないはずです。木の轂に四角い穴をあけ,それらの穴に輻をしっかりはめ込むのは簡単なことに思えました。仕事を始める前までは。ところがカームは,各輻を穴にしっかりはめ込むのに大変苦労をしました。よく考え,木を切るときにも細心の注意を払いましたが,1個の車輪がどうにか出来上がったときには,だめになった輻の山ができていました。偶然だけに頼ることは,幾らかの木材と鑿をセメント・ミキサーの中へほうり込むのに似ています。たった1本の輻でもそれが出来上がるまでにはどれほどの時間がかかるでしょうか。偶然はがらくたしか作りだせません。車輪を作るにせよ細胞を造るにせよ,すべてを偶然にまかせるのは仕事を行なう正しい方法ではありません。カームは,車輪を作る段階の一つで少し気をゆるしたばかりに,うまくいきませんでした。そして苦労をすることによってその教訓を学びました。細胞を,まして体全体を造るとなれば,なおのことそう言えるに違いありません。『人がガンにかかるときにはそのようなことが起きるのではないだろうか。1個の細胞が狂って勝手な行動を取るようになり,前からある,考え抜かれたパターンから外れた細胞を造り始め,体の中でそれらがらくたの細胞が場所を取り,同時に健康な細胞に養分が行かないようにして餓死させるのかもしれない。成り行きまかせのやり方は死の原因になることはあっても,命を与える原因とはならない』と,カームは考えました。

カームが友人のその理論に反論しようとすると,そのたびに,各段階を経るには何百万年もかかったと友人は言い,その表現を,それ自体に魔力があるかのように用いました。カームは歩いて家に帰る途中おかしさがこみあげてきました。そして友人が,百万年という年月が実際に何を意味するかをカームに想像させようとしたのを思い出しました。友人はそれに成功しましたが,意図していた通りにはなりませんでした。カームが脳裏に描いたのは,何百万年かのちに出現した有用な細胞ではなく,ヤモリの不完全な,そして山のような大きな足だったからです。そのことを考えれば考えるほど,カームは,創造者がいるに違いないという気持ちが強くなりました。

不可解な疑問

しかし,友人の捨てぜりふは気になりました。「もしすべての事柄を前もって考えなければならないのであれば,君の言う創造者はいったいどこから来たんだ?」と,彼は言いました。カームは,お金の問題だけでなく,考えや信条においても非常に正直な人でした。自分を欺くことも他の人を欺くことも望みませんでした。カームにとっては議論に勝つことよりも,一つの問題についての真理をつかむことのほうが重要でした。それでその疑問に対する納得のいく答えを得たいと思いました。創造者は存在するに違いないが,どのようにして存在するようになったのだろう。カームは満足のいく答えが得られるまでこの問題を追究するつもりでした。もしかしたらオイが答えを持っているかもしれません。

カームはいつもより少し早く帰宅しましたが,その厄介な問題が心の奥にあったので,庭の中をぶらぶらしていました。今度ははっきりした目的がありました。父親が作った物を見たときのように,物の出来栄えを鑑賞する意味で見てみたいと思いました。カームは驚きました。これまでなぜ見なかったのでしょうか。木製や金属製の物の出来栄えを見る目はできているとカームは思っていました。そしてそのことをかなり誇りにもしていました。それによって初めて父親に心を引かれるようにもなりました。しかし今は,自然界の物に注意を向け,よく観察して,人間が作った物ではないものの価値に対する認識を深めたいという気持ちに駆られました。

カームは丸太に腰をおろして辺りを見回しました。自分の仕事場の裏側からそう遠くないところにある,樹木に覆われた丘を眺めても,妻が植えたいろいろな花を眺めても,すべてが快く,人の心を静め,満足感を与えます。捨てられたプラスチックの袋やビンなどのがらくたが周囲に散乱している,人間が作った差し掛け小屋とはたいへんな違いです。カームは近くにあるそういうスラム街のそばを通って帰宅したばかりです。『創造者はスラム街をつくるようなことはしない』と,カームは考えました。カームは人々のことを知っていたので,どうしてスラム街ができたかくらいは理解していました。スラム街が生まれるのは,基本的に言えば,設備や能力の不足,疲労や怠惰のためです。また人を楽しませたいという気持ちがなく,物事をするのにも考えることや注意を払うことをほとんどしないからです。しかし,自分がいま見ている物の創造者には明らかにそのような弱点が少しもありません。

あらゆる動くもの,命を持つものに表われている知恵と理解力の計り知れない深さと広さに,カームは驚きを覚えるようになりました。すべてのものが人間の作ったものとは完全に異なっています車輪のようなものは模倣しようと思えばできます。自分の能力の及ぶところにあります。車輪に関心を抱いたのも主にそのためでした。作り方を知るために,父が作った古い車輪の一つを解体したことがあったことを思い出しました。近くにある花から出て来た1匹のミツバチを見てカームは,そのミツバチにせよ花にせよ,それらをまねて再び造るためにばらばらにすることがいかに無駄なことかに気づきました。忙しく動き回るミツバチをぼんやり見ていたカームは,それをまた別の目で見るようになりました。ミツバチは能率のよい,しかも清潔で美しい製蜜工場です。『製糖工場はどうしてこういう具合いにいかないのかな』と,カームは考えました。それらの工場は川や環境を汚染しているということを新聞で読んだのを思い出しました。またそれらの工場は美しいとはとても言えません。カームは職人ですから,能率的でしかも見た目に美しい物を作るにはよほどの努力がいることを知っていました。創造者は,人間の周囲でそのような美しい工場が非常においしい蜜を生産するよう,人間のために綿密に配慮されたに違いありません。

いまではカームは創造者のことを,感覚のない単なるコンピューターのようなものではなく,憐れみ深い優しい方と考えるようになりました。受動的な花と非常に活動的なミツバチを見たカームは,創造物に見られるさまざまな能力について考えはじめました。ミツバチでさえ自分の仕事を行なうために何かを考える能力をいくらか持っているのです。次にカームは,近くの塀の柱のてっぺんに1匹のトカゲが止まって,身動きもせずに遠くをじっと見つめているのに目を留めました。カームはそのトカゲを辛抱強く観察していました。するとトカゲは突如活動を開始し,柱をさっと駆け降りて,遠くから目を付けておいた獲物めがけて突進しました。トカゲもミツバチと同様の性質の思考をいくらか行なうに違いありません。そしてミツバチよりも多く考えるのかもしれません。次にカームは,さまざまに異なる思考能力について考えはじめました。すべての生物の思考能力が同じでないことは明らかですが,それでも各生物は必要なだけの思考能力は持っているようです。一番高いのは言うまでもなく人間の思考能力ですが,その人間でさえ,ある事柄は理解できません。人間にもやはり限界があります。では,どういうことになるのだろうか。自分の限界を認めて,自分にあるものを用いることはできないものだろうか。『そのことは,「神はどこから来たのか」という自分の疑問と関係はないだろうか』と,カームは考えました。神はどんな方かということさえカームは知りません。神は中間の創造者なのだろうか。それとも最初の創造者,つまり最初のお父さんなのだろうか。もしかしたら人間の頭脳は自分自身でそのことを考え出すようには造られていないのかもしれません。あるいは,さらに深く考えるだけの事実を持ち合わせていないのかもしれません。しかし,カームは神がどのようにして存在するようになったかを理解する必要があるでしょうか。

自分の父親に関する事実は,あの手紙を手に入れるまでは知ることができませんでした。したがって,人間が創造者を本当に理解するには,自分の創造者からの手紙が必要だということなのでしょうか。自然界,つまり創造者が創造したものは,創造者が存在する証拠を提出しますが,神の考えや将来に関する神の目的を教えることはしません。人間は他の人を見ることができても,その人の考えを読み取ることはできません。であれば,目に見えない神の考えをどうして読み取ることができるでしょうか。人間が本当に創造者を知るには,確かに創造者からの手紙が必要です。

妻のオイが話していた創造者からの手紙にカームは一層大きな興味を覚えるようになりました。自分の限界を認めてそれらの手紙を研究することは,知識を得ることにおいて進歩し,創造者から次第に多くの益を受けるための秘けつのように思えました。例えば,鑿が木よりもずっと硬いのはなぜか,カームは知りませんでした。それでも,よく手入れをし,指示に従って使用すれば,車輪を作ることができました。鑿を作ることはカームの仕事ではありません。神々を作ることもそうです。別の例えで言えば,人は生活の資を得る目的で就職する前に,雇い主の背景を逐一調べあげることに執着するでしょうか。より良い生き方をするために創造者の言葉に耳を傾けるよりもまず,神がどのようにして存在するようになったかを知ることにこだわるのは,実は非常にせん越な行為です。そのときカームは例の友人が,偶然による,知性の働きの伴わない進化論に信仰を置く前に,『混沌状態にあったときの要素』がどこから来たかを知ることにこだわらなかったことを思い出しました。

一般に人々は,人間の作ったものでないもの,あるいは人間が行なうのではない事柄はすべて「自然」のせいにすることをカームは知っていました。カーム自身も以前はそうでした。カームは「自然」,「創造者」,「神」という言葉からくる違いをよく考えてみました。「自然」と言えば,自分が受ける益はすべて当たり前のもので,感謝の念を抱く義務さえ感じません。ところが,「創造者」という言葉を使うと,たとえ表現しないとしても感謝の念を呼び起こされます。カームにとって「神」という言葉は,その感謝を実際に表現したもの,神の地位ゆえに神に服従することを示唆するものに思えました。この考えは妥当だろうか。カームは色々と考えました。カームは独立して仕事をしています。それは自分の好みに合っていますが,それでもやはり権威の下にあります。車輪を作るための木を許可なしに切り倒すことはできません。カームを含めその地域に住む人々はみな,自分たちが自由な国民であることを盛んに話しはするものの,やはり知事やその補佐役の権威の下にあります。秩序を維持するにはそれも必要だし,知事が良い人であれば,その権威の下にあることも別に重荷ではない,とカームは思いました。それで,「神」が実際に人間の創造者であるのであれば,その神への服従を拒否する道義的権利は自分にはないとカームは思いました。ですから,感謝の念ということになると,幾分後ろめたさを感じるようになりました。自分の周囲にあるものがみな美しいのを当たり前と考えていたからです。実は,目の前にある花をわざわざ植え,世話をしてきた妻に感謝の気持ちを示すことさえしたことがないのです。

ちょうどそのとき,丘の近くのゲリラの動きを定期的に監視する軍のヘリコプターが頭上低く通りかかり,バリバリという耳をつんざくような音にカームの黙想は遮られ,一時的にまひしました。カームはヘリコプターが飛んで行くのをじっと見ていました。余りの騒音に,機影が高い樹木の向こうに消えるまでそうせざるを得なかったようです。機械に興味のあるカームは,普通なら機械としてのヘリコプターに関心があるはずです。しかし,今はその騒音の侵入にひどくいらいらさせられました。『どうしてこんなに騒々しくなければならないんだろう。人がちょうど庭の静けさ,美しさを楽しんでいるというのに。もっと静かに飛ぶように造れないものかなあ』と,カームは考えました。そしてたちまち答えを得ました。声はなくとも力強い,『造れる!』という答えです。自分のすぐ鼻先を,非常に美しいミニヘリコプターのモデルが飛んでいたのです。そんなに近いところを飛んでいるのに音も聞こえません。飛んでいるのはトンボです。虫を探して四方八方に素早く飛ぶ様子を見守っていたカームは,トンボのほうがあらゆる点で優れていることに気づきました。

人間にはもっと音の静かなヘリコプターが造れないかもしれないが,創造者には確かに造れる,とカームは思いました。カームはほかの点にも気づきました。以前は全く意識しなかったことでした。つまり人間の業績を誇示する声高な宣伝に注意を払う代わりに,より静かでしかもどこにでも見られる創造者のもっと優れたみ業の証拠に目を向ける必要があるということです。腰を上げて家に入るときにカームは,自分の家の庭を,つまり“神が造ったおもちゃの車”を見ることにもっと多くの時間を用い,新聞に載る,人間をたたえる宣伝を読む時間をもっと少なくすることに決めました。

家の中に入ると妻が声を掛けました。「あなた,庭で座ってたわね。今まで何をしていらしたの?」 しばらく間を置いてカームは答えました。「“おもちゃの車”を見ていたんだよ」。妻はけげんな顔をしました。そして顔を上げると,「“神が造ったおもちゃの車”?」「何と,僕の奥さんは頭がいいね」と,カームはにこにこしながら言いました。「あとでまたあの手紙のことや,気になっている問題について聞くからね」。

その晩,食事をすませて落ち着いた時,カームは妻の方を向いて言いました。「ねえ,もしだれかが,『神はどのようにして存在するようになったのか』と尋ねたら君はどう答える?」「神は存在するようになったんじゃないわ。常に存在していたのよ。聖書には神は『永遠から永遠に』存在する方と書いてあるのよ。神は偉大な最高原因だったのね」と,オイは答えました。「ふーん。待てよ」と,カームは低い声で言うと,「『常に存在する第一原因』か。ちょっと理解しにくいな」と独り言を言いました。「じゃあ,それに代わる答えは何なの?」とオイは問い返しました。「いい質問だね,君。答えは,無,全くの無,ということになるかね。もしそうだとすると,最初に存在するようになったものはどこから来ただろうか。何も存在せず,原因さえもなかったんだから,そのようなものは到底存在し得なかったわけだ。だから,原因となる力は常に存在していたに違いない。そして,自然界にあるすべてのものを出現させるには思考力,つまり理性的存在が必要なはずだ」。

「そうだとすると,『神はどのようにして存在するようになったか』という僕の質問に対する答えは,君が今言ったように,『神は常に存在していた』ということになるのだろうね。しかしだね」と言うとカームはオイのほうを向いて,「どのようにしてという点が理解できなくても気にならないかい?」と尋ねました。「どうしてそれを気にしなくちゃいけないの? 分からないことって沢山あるわ。電気って何なの? わたし知らないわ。でもこのフット・スイッチを踏むとミシンをちゃんと動かすじゃないの。電気の恩恵に浴するのに電気のすべてを理解する必要はないわ。それを理解しなければ気がすまないというのはせん越よ。とりわけ人間の創造者が関係している場合は」と言うと,カームを意味ありげに見ました。「僕もそう思うよ。しかし,同じ結論に到達するのに僕のほうがずっと長くかかったね」。「あら,だって,僕の『奥さんは頭がいい』と言ったばかりじゃないの」と,オイはからかうように言いました。それからもっと改まった調子で,「忘れないでね,カーム。わたしは聖書の助けを借りていたんですからね」と付け加えました。「分かったよ,『頭のいい奥さん』」と,カームは笑いながら言いました。「じゃあ,これにはどう答える? 君はこの前,聖書は創造者から人類に寄せられた手紙を集めたものだと言ったね」。「ええ,覚えていますよ」。「それらの手紙が本当に神からのものだということはどうすれば分かるんだろうか」。

オイは少し間を置いて答えました。「実際にはその中に書かれている事柄によって分かるんだと思いますよ」。「それはちょっと納得しかねる」と,カームは反論しました。「じゃあ,ほかにどんな方法があるの? あなたが読んだあの手紙が本当にお父さんからの手紙だということはどうして確信できたの?」 そのことを考えてみると,確実な証明と言えるものはありませんでした。父親がそれらの手紙を書いているところを見たわけではありません。父親からそれらの手紙を直接に受け取ってさえいないのです。父親の署名もありませんでした。たとえあったとしても,その署名が父親のものであることを確証する手段はありません。それにもかかわらずカームはそれらが父親からの手紙であることを少しも疑っていませんでした。どの手紙も筆跡が同じでした。内容を読むとどの手紙もみな父からのものであることが分かりました。家族の様子を詳しく知っていることや,家族に対する配慮がどの手紙にも表われており,読み終えるとどの手紙も,「愛する父」より来たものという感じを与えました。父親のほかにだれがそのようなすばらしい手紙を書く動機づけを持ち,また書くことができるでしょうか。ですからカームは,自分の信念を裏付ける証拠は十分にあると考えて満足していました。それらの手紙が見つかったいきさつさえもその信念を裏付けるものになっています。

カームはオイのほうを向いて言いました。「質問が一つあるんだけれど,よーく考えてから答えて欲しい。聖書は神からの手紙で成っているという絶対的な証明があるのか,それとも確信できる証拠があるというだけのことなのか,どちらなんだ?」 オイは長いあいだ黙っていました。カームが何を言おうとしているのか解しかねました。最後にオイは,「絶対的な証明っていうのは知らないけれど……でも確信しているわ」と答えました。今度はカームが考える番です。その方法,つまり絶対的な証明の代わりに証拠を示すほうが益があるのだろうか。カームはまたオイのほうを向いて,「聖書はだれのために,またどんな目的で書かれたのかね?」 オイはまたしばらく考えてから答えました。「そうね,神を探し求める人たちのためではないかしら。そういう人たちが聖書を読んで神に引き付けられるようにするのが目的なんでしょうね。イエスが,反対者は理解しないように,しかし誠実な人たちはさらに深い理解を求めてそれを得るように例えしか話さないと言われている箇所を,あの女の人たちが見せてくれたのを覚えているわ。聖書についてはわたしもそれを経験したわ。分かりにくい部分が沢山あるけど,尋ねると大抵納得がいくのよ」。「だけどねえ,このことは面白い疑問を提起するよ。人間と地球の創造者は,天から音信を大音声で告げさせるのはたやすいことだっただろうし,すべての人が理解できる簡単明瞭な言語で大空にはっきり示すこともできただろうが,それなのに君は理解しにくい,そして理解しようと思えばある程度の研究が必要な聖書を神は用いると言うんだね。どうしてなんだ? 何か答えがあるのかい?」

「聖書は人々の心を動かすために書かれた,とわたしは理解しています。実際に,聖書が,心に達してその意向を見分ける鋭い剣に例えられているのを一度読んだことも覚えているわ」。「だから」と,カームは口をはさみます。「議論の余地のない証明よりも確信を与える証拠のほうがもっと効果的なわけだ。そういうわけで聖書は誠実な者だけを引き寄せる磁石みたいなものなんだね。しかしそのほかの者は,自分がそうしたければ,何のかんの言って離れて行くことができ,そのようにして自分の心を表わすんだね」。オイは笑いました。「わたしもそう思うわ,カーム。でも聖書を見たこともないうちからそこまで考えるなんて,驚くわね」。「それはそうさ。前もってよく考えれば考えるほど結果はいいということを学んできたんだから。忘れちゃ困るよ。僕はそういう方法で車輪の作り方を学んできたんだからね。いずれにせよ僕はまだ聖書を持っていないんだ。だけど,実際に聖書を手に入れた時,聖書に何を期待すべきかは今のほうが確かによく分かっているよ。

「こうしたことを考えると,聖書が人々の手に渡るまでにどうしてこんなに長い時間がかかったのか,という疑問もわいてくるんだがね」。「それはこうなのよ。まず一番最初に聖書を保管していた人々が時のたつうちに悪くなって聖書の流布をやめてしまい,聖書を流布しようとする人たちに迫害を加えることまでしたのよ」と,オイは説明しました。「何が理由でそんなことをしたんだろう」とカームは尋ねました。「そうね」と言うとオイは切り返しました。「ツエン兄さんはどうしてお父さんから来た手紙を家族全員に読ませないで引き出しの中に押し込んでいたのかしら?」「ああそうか,分かった。彼は隠し事をしていたから,あの手紙を読まれたらそれがばれる恐れがあったんだ。兄さんは父から良い名を盗んで自分の名を上げてきたわけだ」。「その通りよ。いわゆるクリスチャンも神のみ名エホバについてちょうど同じようなことをしてきたのよ。神の手紙は,神についての間違った教えや,クリスチャンと言いながら相変わらずお互いに戦争し殺し合っている人々の間違った行為を暴露するのよ」。「その通りだ,どうやらその手紙を読まなければならない理由が分かってきたような気がするよ」と,カームは言いました。

発見

その時カームはふとあることを思いつきました。そして腰を上げると机の所に行き,引き出しの中の紙をかき回しはじめます。捜していたものをついに見つけました。それは「創世記」という表題の小冊子でした。それをオイの前で振りながら,「これは聖書と何か関係があるのかい?」と尋ねました。「あら,ありますとも!」と,オイは思わず大きな声で言いました。「どこで手に入れたの? これは一番最初の手紙よ」。「ずっと前から僕の引き出しの中にあったんだ。どこで手に入れたのか記憶がない」と,カームは答えると座って読みはじめました。

しばらく沈黙が続いてから,「ねえ,君,これはすばらしい本だ! 僕が欲しいと思っていた本だ。創造のことが書いてある」とカームが叫んだのでオイはびっくりしました。でも何も言いませんでした。自分の知っていることを全部話して,一緒に勉強するよう励ましたいのはやまやまですが,それはカームが自分で決めるだろうと思いました。でもオイはそれを待つのがじれったい気もしました。彼女もその手紙を読みたくてうずうずしていたからです。彼女自身,その二人の女の人が持って来た聖書から幾つかの節を読んだことがあるだけでした。それでも彼女は,カームが話す気になったら話し掛けてくるだろうと思っていたので縫い物を続けました。果たしてそうでした。

「ねえ君,幾つか質問があるんだけど答えられるかい?」「いいわよ。言ってみてちょうだい。でもわたし自身勉強中だということを忘れないでね」。「いいよ。今ちょうど地球上の最初の男と女について読んでいるんだけどね。エデンの園の中の木の実はどれを食べてもよろしいと二人は言われたんだね。ただし一本の木の実だけは食べてはいけない。もし食べるなら二人は死ぬんだけど,どうしてだろう? その木の実に毒があったんだろうか」。カームが読んでいた本をのぞき込めるようにオイは彼のそばに来ました。「いいえ,そうじゃないのよ」と,オイは答えました。「神はその木をあるものの象徴として用いたんです。見てご覧なさい,それは『善悪の知識の木』と呼ばれていたでしょ? その木は一つの道徳上の問題を象徴しているのね。つまり,その人間は,神が創造者また所有者として持っておられる,与えたり差し控えたりする権威と権利を認める用意があるか,あるいは自分がしたいことを行ない,また欲しいものを取ることを心に決めているかどうかという問題だったんです。全宇宙は秩序のある所で神の監督下にあったのね。人間は全地が神の総監督のもとに,エデンの園がすでにそうであったように秩序ある所となるよう,地球上のものを支配する力を与えられることになっていたので,最初の男と女には大きな責任が課せられていたわけね。彼らが行ない,また教える事柄はその子供たちに伝えられ,ひいては全人類に伝えられます。だから最初の夫婦は,その仕事に道徳的にふさわしいかどうか,彼らの所有者であり最高の支配者である方に忠節であるかどうかを試みられたのね」。

カームは長いあいだ黙っていましたが,やがてこう言いました。「僕も貧弱な土台の上に立派な家は建たないと思う。それに一軒の家を建てていたのとはわけが違うからね。神は何十億という人々の世界を建てていたんだから,その所有者に対する忠節は重要な問題だったはずだ。そうだ,今の世界もその点で間違いを犯しているんだ! 所有権を持つ者に対する共通の忠節心がない。それは僕でも分かる。神が信じられるような気がしてきたよ!」「でもカーム,ここを見て」と,オイは遮りました。「ここに書いてあることに気がついた? 蛇は,これは悪魔のことね,女に言いました。『あなた方は決して死ぬようなことはありません。その木から食べる日には,あなた方の目が必ず開け,あなた方が必ず神のようになって善悪を知るようになることを,神は知っているのです』」。カームはけげんな表情をしていました。「ここのところがちょっと分からないねえ」。「悪魔は実際にはその女に対して,神はあなたを服従させておくためにあなたにうそを言っているのだ,あなたは神から独立し自分自身の規則を作ることができる,と言っていたのではないかしら?」と,オイは言いました。

「ちょっと待った。君はよく悪魔悪魔と言うけれど,悪魔っていったいだれなんだ」。「あらごめんなさい。説明すべきだったわね。神は物質のものを創造する前に,み使いと呼ばれる,知力においても力においても人間より高い霊者を創造されたんです。霊者も人間と同じように自由意志を持っていました。人間と同じように想像力もありました。その霊者の一人が想像をたくましくして,神への忠節という限界を超えた事柄を考えるようになったんです。多くの人間を自分の権力と影響のもとに置いたらどんなにいいだろうと考えたんです。それで悪魔は最初の女を,神から自由にしてあげると言って自分の指導に従うよう最初の女を誘惑したのね」。「ああ,そういうことか,分かった。次にこんなことが書いてあるよ。『女は見て,その木が食物として良(い)……ものであるのを知った。たしかに,その木は眺めて好ましいものであった。それで彼女はその実を取って食べはじめた』。これは面白い ― 女は神が言ったことよりも自分自身の考えを重要視したんだね。女は自分自身を啓発する者になったと考えたけれど,実際には悪魔の偽りの啓発を受けたんだね。それからこんなことが起きた。『男も食べ,二人は園から追い出された。そのため,命の木の所へ行って永遠の命を得ることはできなかった』。少し分かってきたような気がする。それは自己啓発と,神に反対する理論を立てることへの警告だね。あるいは人間の考える事柄,つまり哲学だけに基づいて宗教を作り上げても永遠の命にはつながらないということかな」。

カームは長いあいだ黙っていましたが,自分が読んだことについて考えていました。その内容からカームは,苦難や苦しみの原因に関して,またさらに大事な逃れ道に関して,新しい見方を得ました。カームは父の手紙を読んだ時のことに思いをはせました。最初のうちは気分がうきうきしていましたが,あとになってかつてないほど大きな心の空げきを感じました。食欲を刺激していたものをちらっと見ただけで,あるいは味見しただけでそのあと食べなかった時のような感じでした。カームは,はっきりとは説明できない何ものかを渇望し,明確には言えない疑問の答えを求め続けてきました。結婚する前の時代のこともまだ覚えています。それはとても不幸せな時でした。多くの人のように自殺を考えたことはありませんでしたが,人生とは逃れ道のない本当に惨めなものだと感じていました。さまざまな苦難を伴う現世の生活は前世に犯した個々の罪の償いだと何かで読んだか,あるいは聞かされたか ― どちらか思い出せない ― したことがありました。でもそのことには疑問がありました。公正に反するように思えました。前世にどんな悪いことをしたのか思い出すことさえできないのに,今その罰を受けているというのです! それは,刑務所へ入れられていながらどの法律に違反したのか告げられていないのに似ています。罰自体が公正なものでなければ,どうして罰を公正に実施できるでしょうか。どんな罪を犯したのかそれさえ分からないのであれば,どうしてそれらの罪を繰り返さないように気をつけることができるでしょうか。あとに残るのはただ虚無感と無希望だけで,助けを頼める人もいません。今になってカームは自分が何を渇望していたのかに気づきました。それは助けになり,また啓発になるものでした。父親から来た思いやりのある,そして心を鼓舞する手紙を読んでから,カームは外部からの助けが必要だということを強く意識するようになりました。さっきまで読んでいた神からの手紙はその渇望をいやし始めていました。カームは今までに感じたことのないある幸福感を意識しました。それは病気や死によっても台なしにされることのない,生活の不変の特色となり得るのです ― もしそれらの手紙が本当に創造者からのものであればの話ですが。

カームは長い沈黙を破って言いました。「君が先ほど,うちに来る女の人から聞いたと言った,人間は地球上で生活するように造られたということを考えていたんだが,さっきまで読んでいたことはそのことを証明しているね。人間家族が増えるにつれてその元の園は徐々に拡大され,最後には地球全体が園になるはずだったんだろうね。最初の男と女が園になっていた部分から追い出されたことからすると,完全な,あるいは耕されたとでもいうべきその園には一時的にとどまる特権さえも失ったものの,耕されていない部分ではしばらく生きることを許されたということのようだね」。「その通りよ」と,オイは答えました。「二人は神の家族から追い出され,無断居住者のような形で地上で生活したのね。でも次に『彼らは子供をもうけた』とあるでしょ? 神から見ればその子供たちの立場はどんなものになるかしら?」「それはやはり,アダムやエバと同じように無断居住者というところだろうね。一人一人が個人的に神に反逆したのではなくても,両親の反抗的な態度に汚染されていただろうからね」と,カームは言いました。「そうなのよ」と,オイは相づちを打ちます。「そして非常に憐れみ深い神エホバは,その無断居住者の子供たちの汚染を完全に覆い,神の家族の中に連れ戻してご自分が彼らの父になる道を備えるということを約束されたのよ」。「君が,お父さんを見つけた,と言ったのはそのことだったんだね。人類は無断居住者ではなくなって,神の家族に加わるわけだ。

「この手紙に何かそういうことが書かれているのかい?」「ええ,書かれてはいるんですけどあまり詳しくは書かれていないのね。その取り決め全体について知るには全部の手紙を読む必要があるでしょうね。ほら,ここに何て書いてあるか見てください。『あなたの胤によって地のすべての国の民は必ず自らを祝福するであろう。あなたがわたしの声に聴き従ったからである』」。「『あなたの胤』― これは何のこと?」と,カームは尋ねました。「これは今から4,000年ほど昔に住んでいたアブラハムという人に言われたことなのよ。アブラハムはアラブ人とユダヤ人の先祖になった人で,エホバに対する信仰と従順で知られている人よ。『胤』については,わたしが知っていることだけでも説明するとなるととても長くなるんですけれど,わたしが理解している限りでは,胤は,アダムの子孫から汚染を取り除き,エホバの子供になれるよう,その子孫に準備をさせる手だてなんです」。「その場合,彼らはこの世の未開のジャングルから連れ出されて神の園に入れられるということなんだね」と,カームは言いました。「ええ,そういうことなんです」と,オイは言いました。「なるほど」と,カームはつぶやくように言いました。「人類はジャングルのような社会に生きている ― みんな自分のことしか考えない。良いことをするよう心掛けている人たちもいるだろうが,その人たちの努力の大部分は,大きなジャングルのような環境に飲み込まれてしまうんだね。善を行なう者たちを導いて総合的な型にまとめる,庭師の頭に相当するような人がいないというわけだ。人類に必要なのは,宇宙的に受け入れられている,すべてを見通す頭,父親のように行動する頭だということが次第にはっきりしてきたように思う。そのような頭しか,善を行なう者に報いることはできないだろう。悪を行なう者について言えば,彼らが善を行なう者たちを支配したり,圧迫したりするのを防ぐには,彼らを抑制する,父親が持つような力が一層必要のようだね。邪悪な独裁者が支配した幾つかの国ではそういうことが起きたからね。ところで矯正不可能な悪行者はどうなんだろう。そういう者たちはどうなるんだろうね」。

「そうね,そういう人たちは取り除く必要があるんじゃないかしら?」と,オイは答えました。「その通りだ」とカームは言葉を続けます。「今の世界では,人間は個人同士,あるいは国家的な規模でお互いに殺し合っている。そういうことをするのは全く間違っていると思うなあ。しかし命の創造者は,正しいことを行なおうとしない者たちを確かに滅ぼすことができるし,またそうするのは正しいことだ。狂犬病の犬が自分の屋敷内をうろつき回って子供たちをかむのをそのままほうっておく父親などいないからね。父親の仕事というのは子供たちに命を与えるだけのことではない。子供たちの世話をし,子供たちを敵から守ることだからね」。その時オイが急に口をはさみました。「カーム,わたしに分かったことだけ言えば,あなたが今まで言ってたことは聖書が教えていることと全く同じよ。エホバはご自分の家族をエホバの敷地内に集めると,引き続き家族の世話をしてくださるのよ。その敷地内というのは地球全体ということになるでしょうね。実際に聖書の主題は神の王国で,神の王国はそのことを行なうための神の手だてなのよ」。

カームはしばらくのあいだ黙っていました。それからまっすぐにオイを見て慎重な口調で言いました。「もし君の言うことが……本当なら……それは……人間がかつて聞いたことのない……実にすばらしい良いたよりだ。君もそう思うかい?」「そうよ,カーム。あなた分かっていたのね。だからこの前わたしに,家庭の中の雰囲気が良くなった原因を聞いたんじゃないの。それはわたしのせいです。それは認めます。わたし変わったのよ。この良いたよりを学び始めてから明るい将来に対する本当の希望が分かりはじめ,今は人生観がすっかり違うのよ」。

カームは急に立ち上がるとオイのところへやって来て,オイと真正面に向き合いました。そしてオイの両肩に手を掛け,「ねえ,僕たち二人で一緒にお父さんを探そうじゃないか ― 賛成する?」 オイは微笑でそれに答えました。

読者の皆さんへ:

カームとオイの父親捜しはどうなったのだろうとお考えかもしれません。二人は架空の人物であることをお忘れにならないでください。しかし父親,つまり創造者は実在の方であられ,関係している問題も現実のものです。ですからわたしたちはあなたが個人としてその父である方を捜されることをお勧めします。それを行なうことは大きな幸福をもたらします。なぜなら,命に関する最も重要な疑問を理解し,生活が本当に目的のあるものになるからです。

しかしあなたはどのようにしてその父を捜されますか。エホバの証人はあなたと無料の聖書研究を行なうことにより,それを喜んでお手伝いいたします。この小冊子をお持ちしたエホバの証人と連絡をお取りになるか,または発行者に直接お問い合わせください。

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ある父親から息子への贈り物

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もう一人の父親から子供たちへの贈り物

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製糖工場はどうしてこの能率的で,清潔で,美しい製蜜工場のようでないのだろう

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ヘリコプターよりも優れている