イエスは自じ分ぶんが王おうであることをピラトに隠かくそうとはしません。しかし，自じ分ぶんの王おう国こくがローマにとって危き険けんな存そん在ざいではないことを，次つぎのように説せつ明めいします。「私わたしの王おう国こくはこの世よのものではありません。もし世よのものだったら，私わたしに付つき従したがう者ものたちは，私わたしをユダヤ人じんたちに渡わたさないように戦たたかったでしょう。しかし実じっ際さいは，私わたしの王おう国こくはこの世よからのものではありません」。（ヨハネ 18:36）イエスの王おう国こくは地ち上じょうのものではないのです。

ピラトはイエスの言こと葉ばから，イエスが王おうであることを理り解かいします。しかし，もう一いち度ど，「それでは，あなたは王おうなのだな」と質しつ問もんします。イエスはピラトが正ただしいことを認みとめ，こう答こたえます。「あなた自じ身しんが，私わたしが王おうだと言いっています。真しん理りについて証しょう言げんすること，このために私わたしは生うまれ，このために私わたしは世よに来きました。真しん理りの側がわにいる人ひとは皆みな，私わたしの声こえを聞ききます」。（ヨハネ 18:37）

以い前ぜんイエスはトマスに，「私わたしは道みちであり，真しん理りであり，命いのちです」と語かたったことがあります。そしてピラトも，イエスが地ち上じょうに来きたのは，「真しん理り」について証しょう言げんするためだということを知しりました。その真しん理りとは，特とくにイエスの王おう国こくについての真しん理りです。イエスは命いのちを失うしなうとしても，その真しん理りに忠ちゅう実じつであることを決けつ意いしています。ピラトは，「真しん理りとは何なにか」と言いいます。でも，それ以い上じょうの説せつ明めいを聞きこうとはしません。裁さばきを下くだすのに必ひつ要ようなことはもう十じゅう分ぶん聞きいたと感かんじたのです。（ヨハネ 14:6; 18:38）

ピラトは外そとで待まっているユダヤ人じんたちの所ところに戻もどります。そして，恐おそらくイエスを自じ分ぶんの横よこに立たたせ，祭さい司し長ちょうたちとその支し持じ者しゃたちに，「この男おとこは犯はん罪ざいなど犯おかしてはいない」と言いいます。すると彼かれらは怒おこり，「彼かれはユダヤ全ぜん土どで教おしえて民たみをあおっています。ガリラヤから始はじめてここまで来きたのです」と強つよく言いい張はります。（ルカ 23:4，5）

ユダヤ人じんたちが狂くるったように抗こう議ぎするのを見みてピラトはあっけにとられたに違ちがいありません。そこでイエスに，「この人ひとたちがあなたに不ふ利りな証しょう言げんをこんなに多おおく行おこなっているのが，聞きこえないのか」と尋たずねます。（マタイ 27:13）でもイエスは何なにも答こたえません。怒いかり狂くるった人ひと々びとを前まえにしても穏おだやかなイエスを見みてピラトは驚おどろきます。

ユダヤ人じんたちが，イエスは「ガリラヤから始はじめ」た，と言いうのを聞きいてピラトは，イエスがガリラヤ人じんであると知しります。そして，イエスを裁さばかずに済すむ良よい方ほう法ほうを思おもい付つきます。ちょうど，ガリラヤの支し配はい者しゃヘロデ･アンテパス（ヘロデ大だい王おうの子こ）が過すぎ越こしの時じ期きにエルサレムに来きていたのです。それでピラトはイエスをヘロデの所ところに送おくります。ヘロデ･アンテパスはバプテストのヨハネの首くびをはねた人じん物ぶつです。イエスが奇き跡せきを行おこなっているといううわさを聞きいたヘロデは，ヨハネが生いき返かえったのではないかと不ふ安あんに思おもっていました。（ルカ 9:7-9）

ヘロデはイエスに会あえるので喜よろこびます。イエスを助たすけたいとか，イエスの罪ざい状じょうが事じ実じつかどうか本ほん気きで知しりたいとか思おもっているわけではありません。ただ好こう奇き心しんがあるだけです。「イエスが行おこなうしるしも見みたいと思おもって」います。（ルカ 23:8）しかし，イエスはヘロデの好こう奇き心しんを満みたすことは何なにもしません。ヘロデから質しつ問もんされても何なにも答こたえません。がっかりしたヘロデは，兵へい士したちと一いっ緒しょに「イエスを侮ぶ辱じょく」します。（ルカ 23:11）さらに，イエスにきらびやかな服ふくを着きせてあざけった後あと，ピラトの所ところにイエスを送おくり返かえします。それまでヘロデとピラトは敵てき同どう士しでしたが，この時とき以い降こう，親したしくなります。

ピラトはイエスが送おくり返かえされてくると，祭さい司し長ちょうと支し配はい者しゃたち，また民たみを呼よび集あつめ，こう言いいます。「あなた方がたの前まえで取とり調しらべたが，あなた方がたが訴うったえているような罪つみは全まったく見みつからなかった。それはヘロデも同おなじだ。彼かれを私わたしたちに送おくり返かえしてきた。彼かれは死しに値あたいすることは何なにもしていないのだ。それで，彼かれを懲こらしめてから釈しゃく放ほうする」。（ルカ 23:14-16）

 ピラトは何なんとかイエスを釈しゃく放ほうしたいと思おもっています。祭さい司し長ちょうたちがねたみゆえにイエスを引ひき渡わたしたことに気き付づいたからです。そうしているうちに，イエスを釈しゃく放ほうしようという気き持もちを強つよめる別べつの出で来き事ごとが生しょうじます。ピラトが裁さばきの座ざに座すわっている間あいだに，妻つまから次つぎのような伝でん言ごんが届とどいたのです。「その無む実じつの人ひとに関かかわらないでください。私わたしは今日きょう，その人ひとのことで[神かみからのものと思おもわれる]夢ゆめの中なかでとても苦くるしんだのです」。（マタイ 27:19）

ピラトは釈しゃく放ほうすべき無む実じつの人ひとをどうしたら釈しゃく放ほうできるでしょうか。