研究記事11

バプテスマを受けた後も「新しい人格」を身に着ける努力を続ける

バプテスマを受けた後も「新しい人格」を身に着ける努力を続ける

「新しい人格を身に着けましょう」。コロサイ 3:10

11番の歌 エホバの心を喜ばせる

を学ぶか *

1. どんなものが,人格に大きな影響を与えますか。

 バプテスマを受けたのが最近であっても,何十年も前であっても,私たちは皆,エホバに喜ばれる人格を身に着けたい,と思っています。そのためには,考え方をコントロールする必要があります。なぜでしょうか。どんなことを考えるかは,人格に大きな影響を与えるからです。罪深い欲望を刺激するようなことをいつも考えているなら,良くないことを言ったり行ったりしてしまうでしょう。(エフェ 4:17‐19)一方,良いことをいつも考えているなら,言葉や行動はお父さんエホバに喜ばれるものとなるでしょう。(ガラ 5:16

2. この記事では,どんなことを考えますか。

2 前の記事で考えた通り,思いの中から良くない考えを一切締め出すことはできません。それでも,そうした考えに基づいて行動しないようにすることはできます。私たちはバプテスマを受ける前に,エホバが嫌う話し方や行動をやめなければなりません。これは,古い人格を脱ぎ捨てるための重要な第一歩です。とはいえ,エホバに十分に喜んでいただくためには,「新しい人格を身に着けましょう」という命令に従う必要があります。(コロ 3:10)この記事では,次の点を考えます。「新しい人格」とは何ですか。どうすれば新しい人格を身に着け,それを良い状態に保つことができますか。

「新しい人格」とは何か

3. 「新しい人格」とは何ですか。どうすれば,それを身に着けることができますか。(ガラテア 5:22,23

3 「新しい人格」を身に着けている人は,エホバに倣った考え方や行動をします。さらに,聖なる力が生み出すものを表し,考え方や感じ方や行動が聖なる力に導かれるようにします。ガラテア 5:22,23を読む。)例えば,エホバやエホバに仕える人たちに愛を示します。(マタ 22:36‐39)試練にぶつかっても,喜びを保ちます。(ヤコ 1:2‐4)そして,平和をつくる人です。(マタ 5:9)人と接する時に,辛抱強さや親切を示します。(コロ 3:12,13)善良なことを愛し,行います。(ルカ 6:35)天のお父さんエホバへの強い信仰を行動で表します。(ヤコ 2:18)ひどいことをする人に対しても温和に接し,誘惑されても自制を示します。(コリ一 9:25,27。テト 3:2

4. 新しい人格を身に着けるために,ガラテア 5章22,23節などにある性質をどれも身に着ける必要がある,と言えるのはなぜですか。

4 新しい人格を身に着けるためには,ガラテア 5章22,23節やほかの聖句に挙げられている性質をどれも身に着ける必要があります。 * これらの性質は,切り離して考えることができるものではなく,密接に関係し合っています。例えば,隣人を心から愛する人は,辛抱強く,親切に接します。また,本当の意味で善良な人になるためには,温和や自制を示す必要があります。

どうすれば新しい人格を身に着けられるか

イエスの考え方に倣うなら,イエスのような人になることができる。(5,8,10,12,14節を参照。)

5. 「キリストの考えを知」るとはどういうことですか。イエスの生き方について学ぶとよいのはなぜですか。(コリント第一 2:16

5 コリント第 2:16を読む。新しい人格を身に着けるためには,「キリストの考えを知」る必要があります。つまり,イエスの考え方について学び,それに倣う必要があるということです。イエスは,聖なる力が生み出すものを完璧に表しています。傷のない鏡のように,エホバの性質を完璧に反映しているのです。(ヘブ 1:3)私たちは,イエスのような考え方ができるようになるにつれて,イエスのように行動し,イエスのような人格を身に着ける点で,いっそう進歩していけるでしょう。(フィリ 2:5

6. 新しい人格を身に着けようと努力する時,どんな点を考えるのはよいことですか。

6 それでも,「イエスの手本に倣うことなんてできるんだろうか」と思うかもしれません。「完全なイエスのようになることなんてできない」と感じるのです。もしそうであれば,次の3つの点を考えてみましょう。1番目に,私たちはエホバとイエスに似た者として造られています。ですから,私たちはある程度,エホバとイエスに倣うことができます。(創 1:26)2番目に,神の聖なる力は宇宙で最も強い力です。それで,聖なる力の助けがあれば,自分の力ではできないことも行うことができます。3番目に,エホバは今,聖なる力が生み出すものを完璧に示すよう,私たちに求めてはいません。愛情深いお父さんであるエホバは,地上で永遠に生きる希望を持つ人たちが,1000年間をかけて完全な人になれるようにしてくださいます。(啓 20:1‐3)エホバが今求めているのは,私たちができる限りのことを行い,助けを求めてエホバに頼ることです。

7. これからどんな点を考えますか。

7 では,どうすればイエスの手本に倣うことができるのでしょうか。これから,聖なる力が生み出すものの4つの面を取り上げます。イエスがそれぞれの性質をどのように示したか,考えてみましょう。そして,新しい人格を身に着けるために,幾つかの質問を使って自分を分析してみましょう。

8. イエスはどのように愛を示しましたか。

8 イエスは,お父さんエホバを心から愛していました。それで,エホバと私たち人間のために進んで犠牲を払いました。(ヨハ 14:31; 15:13)イエスの生き方を見れば,イエスが人々を深く愛していたことが分かります。例えば,イエスは反対されても愛や思いやりを毎日示しました。王国について教えました。(ルカ 4:43,44)神と人々を愛していたので,罪人の手に掛かって苦しみながら死ぬことを受け入れました。そのおかげで,私たち全てはいつまでも生きる希望を持つことができるようになりました。

9. 愛を示す面で,どのようにイエスに倣えますか。

9 私たちは天のお父さんエホバを愛しているので,エホバに献身し,バプテスマを受けました。ですから,私たちもイエスと同じように,人々を愛することによってエホバへの愛を示す必要があります。ヨハネも,「自分が見ている兄弟を愛さない人は,見たことがない神を愛することはできない」と書きました。(ヨハ一 4:20)次のように考えてみましょう。「自分は人々を深く愛するよう努力しているだろうか。失礼な態度を取る人に対しても,思いやりを持って接しているだろうか。愛の気持ちから,自分の力やエネルギーなどを用いて,エホバについて知るよう人々を助けているだろうか。ほとんどの人に喜ばれないとしても,あるいは反対されるとしても,伝道を続けるだろうか。人々を弟子とする活動にもっと多くの時間を用いることができないだろうか」。(エフェ 5:15,16

10. イエスは平和をつくるためにどんなことをしましたか。

10 イエスは平和をつくる人でした。誰かから悪いことをされても,決して仕返しをしたりはしませんでした。それどころか,平和をつくるために自分から行動し,言い争うのをやめるよう人々を教えました。例えば,エホバに崇拝を受け入れてもらうためには,まず仲間と仲直りする必要があると言いました。(マタ 5:9,23,24)また,誰が一番偉いかについて言い争うのをやめるよう,使徒たちを何度も助けました。(ルカ 9:46‐48; 22:24‐27

11. 平和をつくるために,どんなことができますか。

11 平和をつくる人になるためには,言い争いを避けるだけでは十分ではありません。自分の方から仲直りすることや,仲たがいをしている人に仲直りするよう励ますことが必要です。(フィリ 4:2,3。ヤコ 3:17,18)次のように考えてみましょう。「自分は,何かの犠牲を払ってでも仲直りしようとするだろうか。兄弟姉妹から傷つけられた時,恨みの気持ちを持ち続けるだろうか。相手が謝ってくるまで何もしないだろうか。それとも,相手が悪いと思える時にも,自分の方から仲直りしようとするだろうか。ふさわしい時には,仲たがいをしている人たちに,仲直りするよう励ますだろうか」。

12. イエスはどのように親切を示しましたか。

12 イエスは親切な人でした。(マタ 11:28‐30)それで,難しい状況でも,人に優しく接し,柔軟さを示しました。例えば,フェニキア人の女性から,娘を癒やしてほしいと言われた時,イエスはどうしたでしょうか。初めは,女性の言葉に応じませんでしたが,女性の大きな信仰を見て,親切に娘を癒やしました。(マタ 15:22‐28)イエスは親切な人でしたが,感情に流されることはありませんでした。自分が愛する人に毅然とした態度で助言を与えることによって,親切を示したこともあります。例えば,イエスがエホバのご意志を行うのをペテロがやめさせようとした時,イエスはほかの使徒たちがいる所でペテロを叱りました。(マル 8:32,33)イエスがそうしたのは,ペテロに恥をかかせるためではなく,ペテロを教え,出過ぎたことをしないよう弟子たちに警告するためでした。ペテロは多少恥ずかしい思いをしたかもしれませんが,大切なことを学ぶことができました。

13. 本物の親切を示すために,どんなことができますか。

13 家族や友人に本物の親切を示すためには,助言を与えなければならないこともあります。そういう場合には,イエスに倣って,聖書に基づいて語る必要があります。優しく接しましょう。「あの人は正しいことを行いたいと願っているに違いない。エホバや私を愛しているので,親切に助言するなら,きっと快く受け入れてくれる」と信じましょう。次のように考えることができます。「家族や友人が間違ったことをしていることに気付いたなら,勇気を持って注意するだろうか。助言が必要な場合,親切な話し方をするだろうか。それとも,厳しい話し方をしてしまうだろうか。動機はどうだろうか。腹立ち紛れに助言しているだろうか。それとも,その人を本当に助けたいという気持ちで助言しているだろうか」。

14. イエスはどのように善良さを示しましたか。

14 イエスは何が善いことかを知っていただけでなく,それを実行しました。イエスはエホバを愛しているので,正しい動機で善いことを行いました。善良な人は,どうすれば人の助けになれるかということをいつも考え,それを実行します。何が善いことかを知っているだけでは,十分ではありません。正しい動機で善いことを行う必要があります。とはいえ,間違った動機で善いことを行うことなどあるのでしょうか。あります。例えばイエスによると,当時の人の中には,貧しい人に施しをした上で,そのことが人々に知られるようにする人がいました。こうした行いは,善いものに見えたかもしれませんが,エホバの目には全く価値のないものでした。(マタ 6:1‐4

15. どうすれば,本当の意味で善良さを示せますか。

15 本当の意味で善良さを示すためには,自分ではなく人のことを考えて善いことを行う必要があります。次のように考えてみましょう。「自分は,何が善いことかを知っているだけでなく,それを実行しているだろうか。自分が善いことを行うのは,どんな動機でだろうか」。

どうすれば新しい人格を良い状態に保てるか

16. 私たちは毎日どんな努力をする必要がありますか。なぜですか。

16 新しい人格を身に着けるための努力はバプテスマを受けた時に終わる,と考えてはいけません。この“新しい服”を良い状態に保つ必要があります。そうするための1つの方法は,聖なる力が生み出すものを表すよう,毎日努力することです。なぜそう言えるでしょうか。エホバは行動する神であり,その行動には聖なる力が関係しているからです。(創 1:2)それで,行動が大切です。ヤコブも,「行動が伴わない信仰[は]死んでいるのです」と述べています。(ヤコ 2:26)聖なる力が生み出すもののほかの面についても同じことが言えます。私たちはこうした性質を表す時,聖なる力に導かれていることを示しているのです。

17. 聖なる力が生み出すものを表す面で失敗してしまった場合,どうしたらよいでしょうか。

17 バプテスマを受けてから何年たっている人であっても,時には聖なる力が生み出すものを表す面で失敗してしまうことがあります。それでも,大切なのは諦めないことです。例えで考えてみましょう。お気に入りの服が破れてしまった場合,それをすぐに捨ててしまうでしょうか。そんなことはしないはずです。何とかして,破れた所を直そうとするでしょう。そして,その後は破れないようにいっそう注意するはずです。同じように,親切や辛抱強さや愛などを示し損なってしまうことがあるとしても,落ち込まないでください。心から謝るなら,相手との良い関係を取り戻すことができるでしょう。そしてその後は,聖なる力が生み出すものを表す面でいっそう努力しましょう。

18. 自分にできることを精一杯行うなら,どんなことを期待できますか。

18 イエスが素晴らしい手本を残してくれていることに本当に感謝できるのではないでしょうか。私たちは,イエスと同じような考え方をするなら,イエスに倣った行動ができるようになります。そして,イエスに倣った行動をするなら,新しい人格を身に着ける面で成長できるでしょう。この記事では,聖なる力が生み出すもののうち,4つの面だけを考えました。残りの面についても,時間を取って調べ,「こうした性質を示す面で自分はどうだろうか」と考えてみましょう。役立つ資料が,「ものみの塔 オンライン・ライブラリー」の「クリスチャン生活」という事項の「霊の実」という項目に挙げられています。私たちが自分にできることを精一杯行うなら,エホバは私たちが新しい人格を身に着け,それを良い状態に保てるよう助けてくださいます。

61番の歌 わたしはどんな人になるべきだろうか

^ これまでどんな生き方をしてきた人も,「新しい人格」を身に着けることができます。そうするためには,引き続き考え方を調整し,イエスのような人になることを目指す必要があります。この記事では,考え方や行動に関するイエスの手本を取り上げます。また,バプテスマを受けた後もイエスに倣う努力を続けるために何ができるかも考えます。

^ 聖なる力が生み出す良い性質は,ガラテア 5章22,23節に挙げられているものだけではありません。この点については,「ものみの塔」2020年6月号の「読者からの質問」をご覧ください。