「痛いたい目めに遭あわせましょうか」と子こ供どもたちが尋たずねると，司し祭さいは「殺ころしてしまえ。手てに付ついた血ちは私わたしのガウンで拭ふけばいい」と言いいました。私わたしはギリシャ正せい教きょう会かいの信しん者じゃであることを誇ほこりに思おもっていましたが，司し祭さいの言こと葉ばを聞きいてがっかりしました。今いま思おもうと，この出で来き事ごとが教きょう会かいをやめ，エホバについて知しるきっかけになったのだと思おもいます。

 私わたしが子こ供どもの頃ころ，港みなと町まちトリポリはいろんな文ぶん化かや言げん語ごや宗しゅう教きょうの人ひとたちでにぎわっていました。みんな自じ分ぶんのルーツに誇ほこりを持もっていて，私わたしの家か族ぞくもそうでした。私わたしは3人にんの兄あにたちと一いっ緒しょに「信しん仰こうの兵へい士し」 a というグループに入はいりました。エホバの証しょう人にんに反はん対たいするグループです。私わたしたちはエホバの証しょう人にんに会あったことはありませんでした。でも司し祭さいから，「やつらはギリシャ正せい教きょう会かいに反はん対たいするギャングで，そのリーダーはエホバという男おとこだ」と聞きかされていました。司し祭さいは「やつらに会あったらたたきのめせ」といつも言いっていました。

 私わたしは知しらなかったのですが，兄あにたちはエホバの証しょう人にんと会あっていました。兄あにたちは暴ぼう力りょくに訴うったえるのではなく，エホバの証しょう人にんと聖せい書しょを勉べん強きょうすることで間ま違ちがいを証しょう明めいしようとしました。ある晩ばん，家いえに帰かえるとリビングに大おお勢ぜいの人ひとが集あつまっていました。私わたしの家か族ぞくと近きん所じょの人ひとたち何なん人にんかがエホバの証しょう人にんたちと聖せい書しょの話はなし合あいをしていました。びっくりしました。兄あにたちは信しん仰こうを捨すてるつもりなのかと思おもいました。私わたしが部へ屋やを出でようとすると，あるエホバの証しょう人にんが，座すわって話はなしを聞きくようにと勧すすめました。その人ひとは近きん所じょで有ゆう名めいな歯し科か医いでした。1人ひとりの友ゆう人じんが私わたしの聖せい書しょから詩し編へん 83編ぺん18節せつを読よみました。その時とき，司し祭さいが言いっていたのはうそだと気き付づきました。エホバはギャングのリーダーではなく，真しんの神かみなのです。

 私わたしはエホバについてもっと知しりたいと思おもい，うちで行おこなわれていた聖せい書しょレッスンに参さん加かするようになりました。レッスンを司し会かいしていたのはミシェル･アブド兄きょう弟だいです。ある時とき友とも達だちが，私わたしが子こ供どもの頃ころから疑ぎ問もんに思おもっていた質しつ問もんをしました。「神かみを造つくったのは誰だれですか」と尋たずねたのです。アブド兄きょう弟だいはソファにいる猫ねこを指ゆびさしてこう言いいました。「猫ねこは人にん間げんの言いうことや考かんがえることを全ぜん部ぶ理り解かいすることはできないよね。同おなじように，人にん間げんにも神かみについて分わからないことがたくさんあるんだ」。この例たとえを聞きいて，私わたしの疑ぎ問もんもすっかり解かい消しょうしました。それからしばらくして，私わたしはエホバ神かみに献けん身しんしバプテスマを受うけました。1946年ねん，15歳さいの時ときです。

 1948年ねん，私わたしは兄あにのハナが経けい営えいしていた写しゃ真しん館かんで働はたらき始はじめました。兄あにの店みせの隣となりにはナジブ･サレム兄きょう弟だい bの塗と装そう店てんがありました。ナジブ兄きょう弟だいは恐おそれを知しらない奉ほう仕し者しゃで，100歳さいで亡なくなるまで熱ねっ心しんに伝でん道どうを続つづけました。私わたしはよく兄きょう弟だいと一いっ緒しょに田舎いなかの村むらへ伝でん道どうに行いきました。兄きょう弟だいは厳きびしい反はん対たいに遭あっても全まったくひるみませんでした。どんな宗しゅう教きょうの人ひとたちとも会かい話わを始はじめて，聖せい書しょについて話はなすことができました。熱ねっ心しんに奉ほう仕しする兄きょう弟だいを見みて，大おおきな影えい響きょうを受うけました。

 ある時とき，職しょく場ばにマリー･シャイヤ姉し妹まいが訪たずねてきました。アメリカから来きたレバノン人じんの姉し妹まいです。姉し妹まいは母はは親おやとして忙いそがしい毎まい日にちを送おくっていましたが，熱ねっ心しんに開かい拓たく奉ほう仕しをしていました。この時ときの姉し妹まいとの会かい話わが私わたしの人じん生せいの転てん機きとなりました。姉し妹まいは奉ほう仕しの経けい験けんを2時じ間かん以い上じょう話はなしてくれました。そして，帰かえる前まえに私わたしにこう言いいました。「ミルト，あなたは独どく身しんなんだから，開かい拓たく奉ほう仕しをしたらいいんじゃない？」でも私わたしは，「生せい活かつするのにお金かねを稼かせがないといけないんです」と言いいました。すると姉し妹まいは，「私わたしが今朝けさここに来きてからどれくらい時じ間かんがたったかしら」と言いいました。「2時じ間かんくらいです」と私わたしが答こたえると，姉し妹まいは言いいました。「その間あいだ，あまり忙いそがしそうには見みえなかったけど。毎まい日にちそれくらいの時じ間かん伝でん道どうしたら，開かい拓たく奉ほう仕しができるんじゃないかしら。まずは1年ねんやってみて，それから続つづけるか考かんがえてみたらどう？」

 私わたしの文ぶん化か圏けんでは，男だん性せいが女じょ性せいのアドバイスに耳みみを貸かすことはあまりありません。でも，姉し妹まいの言いうことはその通とおりだと思おもいました。2カ月げつ後ごの1952年ねん1月がつ，開かい拓たく奉ほう仕しを始はじめました。それから1年ねん半はんほどして，ギレアデ学がっ校こうの第だい22期きに招しょう待たいされました。

 卒そつ業ぎょう後ご，割わり当あてられたのは中ちゅう東とうでした。1年ねんほどしてイギリス出しゅっ身しんのドリス･ウッドと結けっ婚こんしました。ドリスは明あかるい宣せん教きょう者しゃの姉し妹まいで，中ちゅう東とうで奉ほう仕ししていました。

 結けっ婚こん後ごすぐ，私わたしたち2人ふたりはシリアのアレッポで奉ほう仕しすることになりました。エホバの証しょう人にんの伝でん道どう活かつ動どうが禁きん止しされていたので，ほかの人ひとたちから紹しょう介かいしてもらった人ひとと聖せい書しょレッスンをしました。

 ある時とき，聖せい書しょに関かん心しんがある女じょ性せいを訪ほう問もんしました。女じょ性せいはドアを開あけると不ふ安あんそうな顔かおでこう言いいました。「気きを付つけてください。さっき警けい察さつが来きました。あなたたちがどこに住すんでいるかを知しりたがっています」。私わたしたちがそこで聖せい書しょレッスンをしていたことが秘ひ密みつ警けい察さつに知しられていました。それで，中ちゅう東とうでの伝でん道どう活かつ動どうを監かん督とくしている兄きょう弟だいたちと連れん絡らくを取とると，今いますぐ出しゅっ国こくするようにと言いわれました。聖せい書しょレッスンをしている人ひとたちのことを考かんがえると，後うしろ髪がみを引ひかれる思おもいでしたが，エホバが守まもってくださっていることを感かんじ，シリアを後あとにしました。

 1955年ねんにイラクのバグダッドに割わり当あてられました。注ちゅう意い深ぶかくどんな人ひとにも伝でん道どうしましたが，特とくにキリスト教きょう徒との人ひとに会あうように努ど力りょくしました。

 市いち場ばや道みちで会あうイスラム教きょう徒ととも気きさくに会かい話わするよう心こころ掛がけました。ドリスはよく興きょう味みを引ひきそうな話わ題だいで話はなしました。例たとえばこんなふうにです。「私わたしの父ちちはよく，『私わたしたちは皆みな，創そう造ぞう主しゅの前まえで自じ分ぶんの行おこないの責せき任にんを問とわれることになる』と言いっていました。この言こと葉ばは私わたしの人じん生せいでいつも役やく立だってきました。この言こと葉ばをどう思おもいますか」。（ローマ 14:12）

 私わたしたちはバグダッドで3年ねん近ちかく奉ほう仕しし，地じ元もとの兄きょう弟だいたちが慎しん重ちょうに伝でん道どうできるように助たすけました。私わたしたちの宣せん教きょう者しゃホームがアラビア語ごの集しゅう会かいの会かい場じょうになりました。集しゅう会かいには，キリスト教きょう徒とが大たい半はんのアッシリア人じんコミュニティーの人ひとたちも出しゅっ席せきしていました。そういう誠せい実じつな人ひとたちは，集しゅう会かいでエホバの証しょう人にんの愛あいと一いっ致ちを目めにして，イエスの本ほん当とうの弟で子しだということに気き付づきました。（ヨハネ 13:35）

 聖せい書しょからの平へい和わの知しらせにすぐに応おうじた人ひとたちの中なかに，ニコラ･アジズがいました。アルメニア人じんとアッシリア人じんの血ちを引ひく，穏おだやかで謙けん遜そんな家か族ぞく思おもいの男だん性せいです。ニコラと妻つまのヘレンは，エホバとイエスが別べつ々べつの存そん在ざいであるという聖せい書しょの教おしえをすぐに受うけ入いれました。（コリント第だい一いち 8:5，6）ニコラと20人にんの人ひとたちがユーフラテス川がわでバプテスマを受うけた日ひのことを今いまでも覚おぼえています。

 1958年ねん7月がつ14日かにイラクの国こく王おうファイサル2世せいがクーデターで亡なくなりました。その後ご間まもなく，私わたしたちはイランへ国こく外がい退たい去きょさせられました。そこで6カ月げつほど外がい国こく人じんに注ちゅう意い深ぶかく伝でん道どうしました。

 イランの首しゅ都とテヘランでのことです。私わたしは警けい察さつに連れん行こうされ，尋じん問もんを受うけました。私わたしたちは警けい察さつに監かん視しされていたのです。尋じん問もんの後あと，私わたしはすぐにドリスに連れん絡らくを取とり，自じ分ぶんたちが見み張はられていることを伝つたえました。すぐに出しゅっ国こくした方ほうがいいということになり，お互たがいの安あん全ぜんのために私わたしは家いえに戻もどらないことにしました。そして，空くう港こうで落おち合あう約やく束そくをしました。

 ドリスは，空くう港こうに行いくまでの間あいだとどまれる安あん全ぜんな場ば所しょを見みつけました。でも，警けい察さつに気き付づかれないように空くう港こうに行いくにはどうしたらいいか分わかりませんでした。それでエホバに，助たすけてくださいと祈いのりました。

 すると突とつ然ぜん，土ど砂しゃ降ぶりの雨あめが降ふってきて，みんな雨あま宿やどりの場ば所しょを探さがすためにあちこちに散ちっていきました。警けい察さつ官かんたちもどこかへ行いってしまいました。ドリスはその隙すきに空くう港こうに向むかいました。「エホバが大おお雨あめを降ふらせて道みちを開ひらいてくれた！」とドリスは言いっています。

 私わたしたちはイランを出でた後あとに別べつの場ば所しょに割わり当あてられ，いろんな民みん族ぞくや宗しゅう教きょうの人ひとたちに伝でん道どうしました。1961年ねんまで巡じゅん回かい奉ほう仕しをして，中ちゅう東とう各かく地ちの兄きょう弟だい姉し妹まいを訪ほう問もんしました。

 中ちゅう東とうで伝でん道どうしてきて，神かみの聖せいなる力ちからが人ひと々びとを一いっ致ちさせるのを何なん度ども目めにしました。エディとニコラというパレスチナ人じんの男だん性せいと聖せい書しょレッスンをした時ときもそうでした。2人ふたりはいつも率そっ直ちょくに意い見けんを言いってくれる人ひとたちで，集しゅう会かいにも出しゅっ席せきしていました。でも，突とつ然ぜん聖せい書しょレッスンをやめてしまいました。強つよい政せい治じ的てきな意い見けんを持もっていたからです。エホバに，2人ふたりの心こころを開ひらいてくださいと祈いのりました。2人ふたりは，神かみがパレスチナ人じんの問もん題だいだけでなく全ぜん人じん類るいの問もん題だいを解かい決けつすることを理り解かいすると，聖せい書しょレッスンを再さい開かいしました。（イザヤ 2:4）そして，パレスチナ人じんがほかの人ひとたちよりも優すぐれていると考かんがえるのをやめ，バプテスマを受うけました。ニコラはやがて巡じゅん回かい監かん督とくとして熱ねっ心しんに奉ほう仕しするようになりました。

 旅りょ行こうする奉ほう仕しでいろんな国くにに行いきましたが，兄きょう弟だい姉し妹まいがどんな状じょう況きょうでも忠ちゅう実じつに奉ほう仕しする姿すがたを見みて心こころを打うたれました。それで，訪ほう問もんの時ときには兄きょう弟だい姉し妹まいを力ちからづけることを意い識しきしました。（ローマ 1:11，12）努つとめて兄きょう弟だい姉し妹まいと同おなじ立たち場ばに立たって考かんがえるようにしました。（コリント第だい一いち 9:22）大たい変へんな中なかで頑がん張ばっている仲なか間まを励はげますことができて，本ほん当とうに良よかったです。

 聖せい書しょレッスンをした人ひとたちがエホバに忠ちゅう実じつに仕つかえているのを見みるのは大おおきな喜よろこびです。その中なかには，自じ国こくでの紛ふん争そうを逃のがれて，家か族ぞくと共ともに別べつの国くにへ移い動どうした人ひとたちもいます。彼かれらはアメリカ，オーストラリア，カナダ，ヨーロッパなどで，アラビア語ごの奉ほう仕しを熱ねっ心しんに行おこなっています。最さい近きんではその子こ供どもたちが中ちゅう東とうの必ひつ要ようの大おおきな所ところに移い動どうし，恐おそれることなく奉ほう仕ししています。私わたしたちにとって子こ供どもや孫まごのような兄きょう弟だい姉し妹まいが一いっ生しょう懸けん命めいに奉ほう仕ししているのを見みて，とても幸しあわせです。

 これまでずっとエホバは優やさしく支ささえ，導みちびいてくださいました。エホバは，私わたしが偏へん見けんや自じ分ぶんの国くにに対たいする誇ほこりを捨すてられるように助たすけてくださいました。公こう平へいで勇ゆう気きのある兄きょう弟だい姉し妹まいからは，いろいろな宗しゅう教きょうや民みん族ぞくの人ひとたちに伝でん道どうできるように助たすけてもらいました。私わたしたちはいろんな国くにで，先さきの見みえない状じょう況きょうに立たたされたり，どうしたらいいか分わからない問もん題だいにぶつかったりすることが何なん度どもありました。自じ分ぶんではなく，エホバ神かみに心こころから頼たよらなければいけないことを学まなびました。（詩し編へん 16:8）

 エホバにお仕つかえしてきた数すう十じゅう年ねんを振ふり返かえると，エホバの助たすけがあったからこそ，これまでやってこれたと感かんじます。ドリスはよく，たとえ死しの脅おどしを受うけてもエホバから離はなれるつもりはない，と言いっています。私わたしも同おなじ気き持もちです。中ちゅう東とうで平へい和わの知しらせを伝つたえる活かつ動どうに参さん加かさせてくださったエホバにいつも感かん謝しゃしています。（詩し編へん 46:8，9）私わたしたちは将しょう来らいのことを全まったく心しん配ぱいしていません。エホバは自じ分ぶんに頼たよる全すべての人ひとたちを導みちびき，守まもってくださるからです。（イザヤ 26:3）