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若い人たちはどうすれば幸福になれるか

若い人たちはどうすれば幸福になれるか

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若い人たちはどうすれば幸福になれるか

青春は,人生の中で最も興奮に満ちた時代と言えます。若者には未来があります。ですから青春を最高に有意義なものにし,幸福を追い求めるべきです。

2 しかし,それはやさしいことではありません。ロバート・S・ブラウン博士は,理想の社会と政府を目ざして活動する決意をした青年たちを対象に調査を行ないましたが,その報告によれば,その青年たちの3分の1余りは数年後に幻滅を感じて意気阻喪しており,不安を抱いていました。

3 要は良い教育を受けることだとしばしば言われます。しかし今日では,良い教育を受けた若者の中にも就職口を見付けるのに苦労している人たちが少なくありません。かと思うと,経済的には豊かでありながら,その高給の職業ゆえに,生活における自分の役割を果たせないことに気付いている若者もいます。また,若い人の恋愛のほとんどは不幸な結果に終わります。十代の結婚の8割が5年以内に失敗に終わっているという所もあります。

4 そういうことにならないように,そして現在を本当に楽しむと同時に満足のゆく将来を確かなものとするために,若い人たちは何ができるでしょうか。また親であれば,そうした目標を達成するよう,子供をどのように援助できるでしょうか。

創造者を考慮に入れる

5 若い人たちは,往々にして人生経験の浅い同年配の若者たちの影響を受けます。聖書はこう述べています。

「明敏な者は,災難を見て身を隠す。しかし経験の足りない者はそばを通って,必ず刑罰を受ける」― 箴 22:3; 13:20,新。

現実的な若者であれば,学友もしくは友人で,自分の永続する福祉を気遣ってくれる人はほとんどいないことを認めるでしょう。『何年か後になって友達は,今僕のすることがその時僕の幸福にマイナスになっていないかどうか心配してくれるだろうか』と考えるとよいでしょう。

6 一方,若い人たちのことを気遣って若者に最善の助言を与えることができるのはだれでしょうか。それは創造者です。創造者は若者たちが生活を楽しむことを望んでおられます。若者の心や目を引くものすべてを否定しておられるわけではありません。創造者は,向こう見ずなことをした若者がその苦しい結果を身に受けないよう保護することなどされませんが,若者を真に気遣う人がしてくれそうなこと,つまり悲しみと災いをもたらす事柄について警告し,そうした落とし穴を避ける方法を教えてくださいます。(箴 27:5。詩 119:9)聖書はこの点に関しこう述べています。

「歓べ,若者よ,あなたの若い時を。またあなたの心が青春の日にあなたに善をなすように。そして,あなたの心の道を,あなたの目の見る物事のうちを歩みなさい。しかし,それらすべてのために真の神があなたを裁かれることを知りなさい。それゆえ,あなたの心からいらだちを取り除き,あなたの肉体から災難を払いのけなさい」― 伝道 11:9,10,新。

7 しかし,創造者を考慮に入れるべき理由は,創造者が若者に関心を持っておられるということだけにとどまりません。たぶんお気付きと思いますが,これという人生の目的もなく,成り行きまかせの生活をしている若者が大勢います。そのような若者は,はっきりとした目標や生活の基礎となるしっかりした規準を持っていません。それで生活のむなしさを紛らわすために,あるいは退屈な生活の中で何らかの刺激を求めて,多くの場合,麻薬やたばこ,危険なスリルに目を向けるのです。それらの危険に気付いていたかどうかはさておき,あなたもそうしたもののどれかに手を出したことがあるかもしれません。あなたは,今までの自分の生活や今後の見込みに,満足していますか。今は,あなたが自分の生活を振り返ってみるべき時ではないでしょうか。

8 前に述べたように,生活を意義のある,現実に即したものにするためには,人は宇宙の創造者の存在を認めなければなりません。人間の造り主でもあられる創造者は,規準を設けておられます。(詩 100:3)人間は,その規準に則して生きるように造られています。その規準は実際的で,人を幸福に導くものです。わたしたちはその証拠を,婚前交渉・過度の飲酒・とばくなどについて述べている前の各章で見ました。 * ですから,楽しく暮らすことを望むなら,どんな生き方をするか,どんな規準を守るか,またどの方向に進むかを考えるときに創造者を考慮に入れるのが賢明ではないでしょうか。

目的と自尊心のある生活

9 聖書の伝道之書 11章9,10節には,若い人々に対して言われている言葉があります。そしてその書は結論としてこう述べています。

「すべてが聞かれたいま,ことの結論はこうである。真の神を恐れ,そのおきてを守れ。それが人の務めのすべてだからである」― 伝道 12:13,新。

10 人生についてまじめに考えている若者は全世界に大勢います。それらの若者たちは創造者のことを考え,そのみ言葉を学びました。そして,幸福になるための基本的な条件の一つは,造り主と良い関係を保って暮らすことであることを理解しています。それはあなたの本分でもあり,人生の目的とすべきものでもあるのです。聖書に略述されている生き方をすることは,奇抜なことでも,極端なことでも,不快なことでもありません。むしろそれは平衡の取れた有意義な生き方です。その生き方をする人は,金銭,職業,道徳,家族生活,娯楽その他に関係した,現在直面している問題や将来直面する問題に賢明に,うまく対処することができます。聖書に基づく知恵が有益であることは,エホバの証人の経験によって確証されています。その知恵は,

「それを捕えている者たちにとっての命の木であり,それをしっかりつかんでいる者たちは,幸いな者と呼ばれることになる」― 箴 3:18,新。

聖書は次のように助言しています。「わが子よ,わたしの教えを忘れてはならない。わたしの原則を心に保ちなさい。それらによって,あなたの日は長くなり,命の年は延び,幸福は増すからである」― 箴 3:1,2,エルサレム聖書。

11 聖書の助言に従うと,一般の若者とは少し違ってくるので目立つようになるかもしれません。実際,そのことをとがめる人も何人かいるでしょう。(ペテロ第一 2:20; 4:4)あなたはそのためにしりごみをして,人生をより楽しくする道を進もうとしないでしょうか。

12 若い人たちは,自主的に物を考えるということをよく口にしますが,実際には,他と異なることを恐れています。しかし聖書には,群衆に従わなかった若い人たちのりっぱな模範が幾つか載せられています。彼らはあなたが持っているような関心事や心配事や希望を持っていた普通の若者でしたが,神の賢明な助言を導きとして物事を考え,行動しました。

13 ダニエル書 1章6節から20節,3章1節から30節に記述されているのはその一つの例です。ダニエルの仲間であった3人の若いヘブライ人にとっては,自分たちが周りの大勢の人々と異なっていることはむしろ望むところでした。3人は,神の言葉が禁じている事柄,すなわち一つの像を拝むことを命ぜられた時,それを拒否しました。あなただったら,そうすることができたでしょうか。そのような態度を取ったので,ほかの人は彼らを殺そうとさえしました。それでも彼らは節を曲げなかったために,神は,記録が示している通り,3人の行為をよしとされ,彼らを保護されました。ついには,バビロンの王も3人をほめ,ソロモンの書いた次の言葉の正しさが立証されました。「わたしは,真の神を恐れている者たちにとり,その抱く恐れのゆえに事が良くなることに気づいてもいる」― 伝道 8:12,新。出エジプト 20:4,5

14 その若者たちは他の人の尊敬を得ましたが,自尊心も持っていました。現代の大勢の若いエホバの証人についても同じことが言えます。学校の友達は,クリスチャンの若者たちが強い信念を持っていること,また人生の目標を見定めていることをほめます。人から尊敬され,自尊心も持てるなら,人生は一層有意義なものとなると思いませんか。

家族の幸福

15 聖書の助言はまた,家族のきずなの強化に寄与する点からも,若い人の生活を一層実り多いものにします。

16 あなたは,親とごく幼い子供,あるいは十代の子供との間に溝のできている家庭があるのをきっとご存じでしょう。この断絶は,親が子供を指図しようとし,子供は,あれをしなさい,これをしてはいけないと言われることに反発することから始まる場合が多いようです。

17 聖書は,子供にも親にも,例えば次のような,つり合いの取れた導きを与えて,この問題を克服するのを助けてくれます。

「子供たちよ,親に従うのはクリスチャンの務めです。それは行なうべき正しいことだからです。『父と母を敬いなさい』は最初の戒めであって,これには約束が付け加えられています。すなわち,『あなたにとって万事がうまくいき,その地で長生きできる』という約束です。親たちは子供を怒らせるような扱い方をしてはなりません。むしろ,キリストの規律と教えとをもって育てなさい」― エフェソス 6:1-4,福音聖書。

18 むろん,完全な親というものはいません。それでも,子供が親を敬うことは「正しいこと」です。それはなぜでしょうか。一つには,親は子供に食べさせ,病気の時には看病し,家や必要な物を備えるために働くなど,子供のために多くの事を行なってきたからです。親がしてくれたことをすべて,親と同じ愛情のこもった関心をもってしてくれる人を雇うことなど子供にはできません。ですから,親を敬うことは道徳的に正しいことです。自分でも,将来いつか子供ができたら,子供から敬われたいと思うでしょう。

19 こうした聖書の助言を適用するよう誠実に努力する若者は,一層の安心感を得るでしょう。それは家族がより親密になることに寄与することであり,それによって若い人自身の生活も一層平安で幸福なものになります。また,問題を避けることもできます。なぜなら,親は,豊かな人生経験からそうした問題を予見できるからです。(箴 30:17)さらに,創造者の意志と一致して行動していることを自覚することから満足が得られることも見逃せません。

20 聖書の助言に従うことは,ほかの面でも若い人の益になります。協力することの大切さや権威を敬うことの価値を認識すれば,学校で,また後には労使関係において,さらには役人と接するときに,摩擦を起こさずに事を行なうことが一層容易になります。(マタイ 5:41)また,聖書の助言を心に留めているなら,自分が結婚し子供を持ったときに幸福はそれによって一層大きくなります。

親の役割は重要

21 若い人たちはどうすれば幸福になれるかを考える際に,親の果たす重要な役割を無視することはできません。子供に良い物を食べさせ,良い物を着せ,また気持ちのよい家に住まわせるよう努力する責任を感じていない親はまずいません。しかし,子供がりっぱな人間となるためには,親の指導や矯正や道徳的な導きが必要です。聖書は親がそれを行なうための最も優れた規準となってきました。(マタイ 11:19申命記 6章6,7節によれば,そのような指導は時たま行なうのではなく,家族生活の一部とならなければなりません。それは,子供がごく幼い時に始めることができ,また始めるべき事柄です。―テモテ第二 3:15。マルコ 10:13-16

22 幼い子供を持つ人で,「愚かさが少年[もしくは少女]の心に結び付いている。懲らしめのむちはそれを彼から遠くに取り除く」という言葉を読んで驚く人はまずいないでしょう。(箴 22:15,新)しかし,それはどういう意味でしょうか。親の中には,子供をたたいてけがをさせるほど厳しい人もいれば,子供は好きなようにさせるべきだと言う人もいます。その両極端はいずれも正しくありません。

23 先ほど読んだように,親は『キリストの規律と教えとをもって育てる』べきです。(エフェソス 6:4,福音聖書)クリスチャンが与える懲らしめは残忍なものではありません。(箴 16:32; 25:28)愛に基づく懲らしめは,き然とした言葉で与えることもできます。親が,規則を定めた理由を明らかにし,首尾一貫してその規則を実行するなら,それは特に愛に基づく懲らしめとなります。それでも子供が,その心の愚かさゆえに従おうとしないなら ― よくあることですが ― 何らかの形で罰を与えると,教えられていることが心に強く印象づけられるでしょう。しかし神の言葉は,場合によっては体罰が,例えばおしりをたたくといったことが必要であることも述べています。―箴 23:13,14; 13:24

24 子供の成長に応じて,その扱い方も変わります。小さな男の子には,おしりをたたくのが一番効き目があるかもしれませんが,大きくなれば,もっと効果的で適切な方法があるでしょう。同じように,親は息子や娘の行動の自由を少しずつ大きくして責任を持たせるようにします。―コリント第一 13:11

25 子供をしつける上で,子供への愛は非常に大切です。懲らしめの動機は愛でなければなりません。そうすれば矯正は受け入れやすいものになります。子供に導きや懲らしめを与えないのは,親であることを否定するようなものです。ヘブライ 12章5-11節にはそのことが説明されており,エホバご自身が愛すればこそ懲らしめをお与えになることが述べられています。

26 神に対する愛も大切です。この愛があれば,親は,うそ・貪欲・盗み・同性愛・淫行といった,神が非とされている事柄を憎みます。(コリント第一 6:9,10。詩 97:10)そのように神への愛を表わす親は,子供たちにとって良い手本となります。それは大切なことです。そのことに加えて,親は,子供にも神への愛とりっぱな事柄への愛を抱かせると同時に悪い事柄に対しても自分と同様の憎しみを培わせるようにしなければなりません。

27 子供たちの世界はもっぱら家庭ですから,親は家庭を安定した所とするよう努力しなければなりません。父親が子供のためにできる最善の事柄の一つは,妻を愛することだと言われています。家庭生活が愛とクリスチャンの知恵に基づいているなら,子供たちはよりどころとなるしっかりとした土台を持っていることになります。また,そうした子供たちは健全な規準を持ち,幼い時から創造者のことを考えるよう助けられます。―伝道 12:1,13,14

[脚注]

^ 8節 ものみの塔聖書冊子協会発行の「あなたの若い時代,それから最善のものを得る」と題する本では,音楽・デート・服装・スポーツ・学校その他,若い人々が関心を持つ事柄が聖書的観点から取り上げられています。

[研究用の質問]

幸福になるということはなぜ若者が取り組まなければならない事柄でしょうか。(1-4)

神を考慮に入れなければならないのはなぜですか。(5-8)

神のご意志に関心を払うのはなぜ当然のことですか。(詩 128:1,2)(9,10)

神のことを考慮に入れて生活するなら人と異なってきますが,それは悪いことですか。(11-14)

家庭で聖書に従わなければならないのはなぜですか。(15-20)

親は,子供が賢明な道を進むよう,どのように援助できますか。(21)

親はどんな懲らしめを与えるべきですか。(22-24)

家族が愛し合っていることは,子供の問題にどんな影響を与えますか。(25-27)

[89ページの囲み記事]

人生に目的を見いだす

日本の総理府は,人生の目的や将来に関する,各国の若者の意識調査を行ないました。その結果を調べた白樫三四郎教授は,「世界の若者は」将来に対して「悲観的な見方をしており」,そのことは若者の行動や生活全般に対する見方に影響を与えていると結論しました。しかし,そうした態度は変わり得るものです。

アメリカの,リンダという名前のある学生は,次のように語っています。「大学で勉強して,自分が育てられた生活様式が消えていくのが分かりました。世界中の状態は悪化していました。しかし,わたしは答えが得られず,答えを得るためにどこに行けばよいかも分かりませんでした」。

リンダが休暇でカリフォルニアの家にいた時,二人のエホバの証人が戸口に来ました。リンダはこう語っています。「その二人は,聖書に答えが見いだせると言いました。わたしたちは,神が新秩序の下で楽園の地を設立されること,および悪を一掃する約束をしておられることについて話し合いました。そのようなすばらしい真理が聖書の中にあるということは,一度も教えられたことがありませんでした」。

リンダはアリゾナにもどってから,最寄りのエホバの証人の会衆と連絡をとり,無料で毎週行なわれる聖書研究に応じました。その研究を通してリンダは生活を安定させる規準を学ぶことができました。また人生の目的を知ることもできました。ですから現在リンダの生活は一層幸福で報いのあるものとなっています。

[92ページの図版]

病気になった時,あなたの世話をしたのはだれか

[93ページの図版]

神の言葉を学ぶなら,子供たちは幸福を見いだせる