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子供時代に痛手を負った大人を慰める

子供時代に痛手を負った大人を慰める

外向若い夫婦で,会衆深く尊敬ました。ところが,長老訪問依頼とき,夫せっぱ詰まっよう口調話し,妻浮かべました。妻ひどいうつ状態自己嫌悪悩まさて,自殺考えことありました。若いころ性的虐待受けです。その長老は,そう犯罪犠牲援助する方法ついエホバ組織導き与えいること感謝ながら,長老あて協会手紙と,この問題扱った「目ざめよ!」誌,1991108記事と「ものみの塔」誌,198411記事調べました。それら資料載せられいる役立つ幾つ挙げます。

  1. とにかくよく傾ける。子供膝小僧すりむくと,まず真っ先父親母親走っゆき,優しい言葉かけもらおます。しかし虐待受ける子供それすらできいるしれないです。ですから大人なっ同じ欲求,つまり打ち明け,徹底話し合い,同情ある聴き手慰めもらいたいいう欲求あるです。(ヨブ 10:1; 32:20比較ください。)先述べ夫婦長老訪問受けとき,夫長老ほとんど話さず,逆非常よく傾けいること驚いしまいました。行動で,助けたいいう気持ち持つこのは,自分感情論理答え問題解決ようたり,自分から合理感情正そたりこと気づきました。そして,妻答えより感情移入必要いること理解ました。(ローマ 12:15比較ください。)妻は,自分気持ちもっとも理由ある言っもらう必要あっです。

  2. 偽り暴露する。虐待れる子供は,自分愛さない,無価値汚れ人間思うようなります。このよう考え方は,偽り宗教教理て,エホバ健全関係非常難しくしかねません。ですから,偽り暴露し,代わり真理教えください。優しく,粘り強く,辛抱強くそうするです。聖書読んで,筋道立て話し合いましょう。(コリント二 10:4,5)例えば,このようです。「自分汚れいる感じいるね。でも,エホバおまえことどう思っおられるだろう。み子死ぬがまんて,おまえため贖い備えくださっだから,おまえこと愛しおられるじゃないな。[ヨハネ 3:16]エホバから見ると,虐待ため汚れしまっおまえな。それとも,虐待ほうな。イエスこう言わね。『外から入っ行っその汚すことできるものありません。人から来るもの汚すです』って。[マルコ 7:15]虐待本当おまえよう幼い子供からかな。それとも,虐待それたくらんかな」。

  3. 慰め言葉かける。同じ人間ないで,「憂い沈ん慰めことばかけ(る)」よういうパウロ助言ケースバイケース適用なけれなりません。(テサロニケ一 5:14)といえ,あまりに単純は,ほとんど慰め受け取らないでしょう。例えば,虐待経験に,もっと聖書読むようか,もっと伝道出るようか,『エホバ重荷ゆだねれいい』など言うだけは―こう提案立ちますが―効果ないでしょう。(詩編 55:22。ガラテア 6:2比較ください。)犠牲多くすでにそうこと精一杯行なっいるに,それ以上できない自分自身容赦なく叱りつけいるです。―ヨハネ一 3:19,20比較ください。

    同様に,虐待経験に,過去忘れるようだけ言うなら,害こそなれなりません。忘れられるものなら,とっく忘れいるでしょし,それほど簡単解決できるあれ助けなど必要なかっでしょう。 * 彼ら経験いる深い感情痛手あること覚えおいください。これ状況て,自動事故残骸うめき声上げながら横たわっいるけが人ましょう。あなたなら,痛みこと考えないようその言うだけですか。もちろん,それだけ十分です。

    自分話す事柄慰め力づけなっいるどう自信ない場合,落ち込んいる本人尋ねいかがですか。実ところ,聖書基づい正しい助言さえ,時宜かなっ適切ものなけれならないです。―箴言 25:11比較ください。

    訪問後,その姉妹自分見方改善こと気づくようなり,夫辛い時期一層上手援助できるようなりました。それ以来,二も,同じよう痛手負ったち慰め言葉かけられるようなりました。「すべて慰め神」であられるエホバみ言葉ご自分用いて,困難多いこの時代に,「心打ち砕か包帯包(まれる)」の当たりすると,本当信仰強められます。―コリント二 1:3。イザヤ 61:1

^ 6節 確かに,使徒パウロは「後ろもの忘れ(る)」ようクリスチャン助言ました。しかしパウロここ述べいるは,彼以前名声世俗成功ことです。パウロその時点そうものを「多くくず」とみなしました。パウロ自分経験過去患難つい述べいるありません。そう患難つい率直語りました。―フィリピ 3:4‐6,8,13。コリント二 11:23‐27比較ください。