研究記事51

「彼の言うことを聞きなさい」

「彼の言うことを聞きなさい」

「これは私の愛する子,私はこの子のことを喜んでいる。彼の言うことを聞きなさい」。マタイ 17:5

65番の歌 「これが道である」

を学ぶか *

1‐2. (ア)神は,イエスの3人の使徒たちにどんなことを命じましたか。3人はどうしましたか。(イ)この記事ではどんなことを考えますか。

西暦32年の過ぎ越しの後,ペテロとヤコブとヨハネは,高い山(ヘルモン山の尾根と思われる)で驚くような幻を見ました。イエスの姿が変わり,「顔は太陽のように輝き,外衣は光のように明るく輝いた」のです。(マタ 17:1‐4)そして,3人の使徒たちは,幻の終わりの方で,神がこう言うのを聞きました。「これは私の愛する子,私はこの子のことを喜んでいる。彼の言うことを聞きなさい」。(マタ 17:5)3人は,その後ずっと,この命令の通り,イエスの教えに従って生きました。私たちはぜひ,その手本に倣いたいと思います。

2 前の記事では,イエスの声を聞くには,あることをやめる必要がある,という点を考えました。この記事では,イエスがようにと教えた2つの点を考えます。

「狭い門を通って入りなさい」

3. マタイ 7章13,14節によると,私たちは何をする必要がありますか。

3 マタイ 7:13,14を読む。イエスは,2つの門があると言いました。1つは「広々とし」た道につながっていて,もう1つは「狭められ」た道につながっています。この2つ以外に道はありません。私たちは,どちらの道を行くかを自分で決めなければなりません。これ以上に重要な決定はありません。永遠の命を得られるかどうかが懸かっているからです。

4. 「広々とし」た道とは,どんな道ですか。

4 この2つの道には,どんな違いがあるでしょうか。「広々とし」た道は歩きやすいので人気があります。多くの人がこの道を選ぶのは,非常に大勢の人が歩んでいるからです。しかし,そうした人たちは,この道を歩むよう唆しているのが悪魔サタンであり,「広々とし」た道の先には死が待ち受けている,ということに気付いていません。(コリ一 6:9,10。ヨハ一 5:19

5. ある人たちは,「狭められ」た道を見つけてその道を歩むためにどんな努力を払ってきましたか。

5 「狭められ」た道は,「広々とし」た道とは対照的です。イエスは,「狭められ」た道を見つける人は少ないと言いました。どんな理由が考えられるでしょうか。イエスは次の節で,偽預言者に注意するようにと言っています。(マタ 7:15)世界には非常に多くの宗教があります。そのほとんどは,自分たちが正しいと主張しています。それで,大勢の人たちは困惑し,命に至る道を探すことを諦めてしまっています。それでも,命に至る道を見つけることは可能です。イエスは,「私の教えを常に守るなら,あなた方は本当に私の弟子であり,真理を知り,真理によって自由になります」と言いました。(ヨハ 8:31,32)素晴らしいことに,あなたは大勢の人たちのように諦めてしまうのではなく,真理を探しました。聖書をよく調べ,神が私たちにどんなことを願っているかを知りました。そして,イエスの教えに従いました。それだけでなく,聖書に沿わない教えや異教に基づく祝祭日などを退けるようエホバが願っていることも学びました。こうしたことを実際に行うのは簡単ではなかったことでしょう。(マタ 10:34‐36)それでも,エホバへの愛や,エホバに喜んでいただきたいという気持ちに動かされて努力を続けてきました。エホバは,そうしたあなたの姿を見て喜んでいるに違いありません。(格 27:11

狭められた道を歩み続けるためには

神の教えや基準は,「狭められ」た道を進み続ける上で助けになる。(6‐8節を参照。) *

6. 詩編 119編9,10,45,133節からすると,狭められた道を歩み続ける上で,何が助けになりますか。

6 狭められた道を歩み続ける上で,何が助けになるでしょうか。例えで考えてみましょう。狭い山道の際にはガードレールが設置されていることがあります。それは,車が道を外れて落ちてしまわないようにするためのものです。こうしたガードレールを運転の邪魔だと考えるドライバーはいないことでしょう。聖書に載せられているエホバの基準は,このガードレールのようなものです。私たちが狭められた道を歩み続ける上で助けになります。 119:9,10,45,133を読む。)

7. 若い人は,狭められた道をどのように見ることができますか。

7 若い皆さん,エホバの基準は厳し過ぎる,と感じることがありますか。サタンはまさにそう感じさせたいと思っています。広々とした道を進んでいる人が楽しそうな生活を送っていることに目を向けさせようとしています。学校の友達やインターネットで目にする人たちがしていることに注目させて,自分は良いものを得損なっている,と感じさせようとします。エホバの基準に従うと楽しいことができない,と思わせようとしているのです。 * でもサタンは,広々とした道の行く先に何が待ち受けているかを隠そうとしています。それとは対照的にエホバは,命に至る道を歩み続ける人にどんな素晴らしい将来があるかをはっきり教えています。(詩 37:29。イザ 35:5,6; 65:21‐23

8. 若い人は,オラフ兄弟の経験から何を学べますか。

8 若いオラフ兄弟の経験を考えてみましょう。 * 兄弟はクラスメートから不道徳なことをするよう圧力を受けました。兄弟は,エホバの証人は聖書の高い基準に従って生きていると説明しました。すると,クラスの数人の女子たちはむきになって,自分たちとセックスさせようとしてきました。それでもオラフ兄弟は誘惑に負けませんでした。兄弟が経験した圧力は,それだけではありません。兄弟はこう言います。「先生たちは,人から一目置かれるために大学に進学するようにと言ってきました。進学しなければいい生活は送れないとも言われました」。兄弟はどうしたでしょうか。「会衆の兄弟姉妹といっそう親しくするようにしました。そうした仲間のことを家族のように感じられるようになりました。また,聖書をもっと真剣に勉強するようになったので,聖書が真理だという確信を強めることができました。こうして,エホバに仕えることを決意できました」。

9. 狭められた道を歩み続けるためには,どんなことをする必要がありますか。

9 サタンは,あなたが狭められた道を歩むのをやめて,ほかの大勢の人たちと同じように,「滅びに至る」広々とした道を歩むようになることを願っています。(マタ 7:13)しかし,これからもイエスに従い,狭められた道を歩むことを保護と考えるなら,この道を歩み続けることができます。では次に,イエスが行うよう命じた別の点を考えてみましょう。

仲間と仲直りする

10. マタイ 5章23,24節によると,イエスはどんなことを行うよう私たちに教えていますか。

10 マタイ 5:23,24を読む。イエスは,自分の話を聞いていたユダヤ人たちが大切にしていたことを引き合いに出して,次の点を教えました。犠牲として捧げるために動物を神殿の祭司の所に持ってきた人は,仲間が自分に対して反感を抱いていることを思い出したなら,捧げ物をその場に残して「出掛けてい」く必要がある,と教えたのです。なぜでしょうか。エホバに捧げ物をすることよりも大切なことがあるのでしょうか。イエスは,はっきりとこう言いました。「まず仲間と仲直りし……なさい」。

あなたも,謙遜に兄と仲直りしたヤコブに倣うことができますか。(11‐12節を参照。) *

11. ヤコブはエサウと仲直りするためにどんなことをしましたか。

11 仲直りすることについて,族長ヤコブから大切な点を学べます。生まれ故郷を離れてからおよそ20年たった頃,ヤコブは天使を通して,そこに帰るようにと神から命じられました。(創 31:11,13,38)でも問題がありました。兄のエサウは以前,ヤコブを殺そうとしていたのです。(創 27:41)ヤコブは,エサウが今でも自分に恨みを抱いているのではないかと思い,「非常に怖くなり,不安にな」りました。(創 32:7)ヤコブは仲直りするためにどんなことをしたでしょうか。まず,エホバに真剣に祈りました。また,エサウにたくさんの贈り物をしました。(創 32:9‐15)そして,エサウに会った時には,自分の方から敬意を示してひれ伏しました。1回や2回ではなく,7回もそうしたのです。ヤコブは,謙遜さと敬意を示すことによって,エサウと仲直りすることができました。(創 33:3,4

12. ヤコブの手本からどんなことを学べますか。

12 ヤコブがエサウに会うためにどのような準備をし,どのように近づいたか,という点から,大切なことを学べます。ヤコブは謙遜にエホバに助けを求めました。そして,祈りに沿った行動をし,2人の再会ができるだけ良い雰囲気になるようにしました。実際に会った時には,どちらが正しいかということを持ち出したりしませんでした。ヤコブが目指していたのは仲直りすることでした。私たちは,どうすればヤコブの手本に倣えるでしょうか。

仲直りするためには

13‐14. 誰かを傷つけてしまったなら,どうしたらよいですか。

13 私たちは,命に至る道を歩み続けるために,仲間の兄弟姉妹との良い関係を保つ必要があります。(ロマ 12:18)では,仲間の誰かを傷つけてしまったことに気付いた場合は,どうしたらよいでしょうか。ヤコブに倣って,助けを求めて真剣にエホバに祈りましょう。仲直りするための努力を祝福してくださるよう祈ることができます。

14 時間を取って自分を分析してみることも大切です。次のように考えてみることができます。「私は進んで間違いを認め,謙遜に謝り,仲直りしようとするだろうか。自分の方から仲直りしようとするなら,エホバとイエスはどう感じるだろうか」。こうした点を考えるなら,イエスに従い,自分の方から謙遜に仲直りしよう,という気持ちになるでしょう。この点についても,ヤコブの手本から学べます。

15. エフェソス 4章2,3節にあるアドバイスの通りにすることは,仲直りする上でどのように助けとなりますか。

15 ヤコブがエサウと会った時に,どちらが正しいかを問題にしていたなら,どうなっていたでしょうか。結果は全く違っていたことでしょう。ですから,私たちは仲間の兄弟姉妹と仲直りをする際に,謙遜さを示すことが大切です。エフェソス 4:2,3を読む。)格言 18章19節にはこうあります。「気分を害された友人の頑固さは防備された町をしのぐ。かんぬきの掛かった城門のように互いを隔てる論争もある」。謙遜に謝るなら,閉ざされた「城門」を開いてもらうことができるかもしれません。

16. どんな点について考えることは大切ですか。なぜですか。

16 何をどのように話すかについてよく考えることも大切です。準備が整ったなら,良い関係を取り戻すことを目指して近づきましょう。初めはきついことを言われるかもしれません。そういう時には,腹を立てたり,自分を正当化したりしたくなるものです。でも,そのようなことをしても,良い結果にはならないでしょう。どちらが正しいかをはっきりさせることよりも,仲直りすることの方が重要なのです。(コリ一 6:7

17. ジルベール兄弟の手本からどんなことを学べますか。

17 ジルベール兄弟は,仲直りするために大きな努力を払いました。こう言っています。「娘との関係がとても悪い時期がありました。私は2年余りにわたって,良い関係を取り戻すことを目指して誠実に穏やかに話すことを心掛けました」。ほかにもどんなことをしたでしょうか。「娘に話す前にエホバに祈り,ひどいことを言われても穏やかさを保てるよう心を整えました。娘から傷つけられても,進んで許すようにしました。自分が正しいことを示そうとするのではなく,とにかく仲直りすることを目指しました」。どんな結果になったでしょうか。「今では家族みんなと良い関係を持つことができているので,穏やかに過ごすことができています」。

18‐19. 誰かを傷つけてしまったなら,どうしたいと思いますか。なぜですか。

18 では,仲間の兄弟姉妹を傷つけてしまったことに気付いたなら,どうしたいと思いますか。イエスの教えに従って仲直りするように努力しましょう。エホバに心からの祈りを捧げ,聖なる力に頼ることができます。そのようにするなら,幸福になることができ,イエスに従っていることを示すこともできるのです。(マタ 5:9

19 エホバは,「会衆……の頭」であるイエス・キリストを通して,愛情深い教えを与えてくださっています。そのことに本当に感謝できるのではないでしょうか。(エフェ 5:23)私たちはぜひ,ペテロやヤコブやヨハネに倣って,これからも「[イエス]の言うことを聞き」たいと思います。(マタ 17:5)この記事で考えた通り,そうする1つの方法は,傷つけてしまった仲間と仲直りすることです。それに加えて,命に至る狭められた道を歩み続けるよう努力することもできます。そうするなら,今たくさんの祝福を得ることができ,将来いつまでも幸せに暮らすことができるのです。

77番の歌 快く許しなさい

^ 5節 イエスは私たちに狭い門を通って命に至る道を歩むよう勧めています。また,仲間の兄弟姉妹と仲直りするよう教えています。こうした教えの通りにすることには,どんな難しさがあるでしょうか。どうするとよいでしょうか。

^ 7節 「若い人が知りたい10の質問 役立つ答え」という冊子の質問6「仲間の圧力に負けないためには?」や,www.pr418.comに掲載されている「仲間の圧力に負けないために」というホワイトボード・アニメを参照。(ホーム > 聖書の教え > 若い人)

^ 8節 一部の名前は変えてあります。

^ 56節 や挿: 神が与えてくださっている“ガードレール”に守られ,「狭められ」た道を進み続けるなら,いろいろな危険を避けられる。例えば,ポルノや,不道徳な交友や,高等教育を受けるようにという強い圧力など。

^ 58節 や挿: ヤコブは仲直りするために,兄エサウの前で何度もひれ伏した。