研究記事6

エホバが行うことは全て正しいと信じていますか

エホバが行うことは全て正しいと信じていますか

「神は岩のような方で,行うことは完全,神の道は全て公正である。決して不公正ではなく,信頼できる神。正しく,真っすぐな方」。申命記 32:4

23番の歌 エホバはわたしたちの力

を学ぶか *

1‐2. (ア)現代,多くの人が権力を持っている人を信頼することに難しさを感じているのはなぜですか。(イ)この記事ではどんなことを考えますか。

 現代,多くの人は権力を持っている人を信頼することに難しさを感じています。法律の面でも行政の面でも,富や権力を持っている人が優遇され,貧しい人が公正に扱われていないからです。まさに聖書がこう述べている通りです。「人は人を支配し,人に害を及ぼしてきた」。(伝 8:9)宗教の面でも,指導者たちが悪いことを行っているために,神への信仰を失ってしまった人たちがいます。それで,エホバやエホバが責任を委ねている人たちを信頼するよう,聖書を学び始めた人を助けるのは,私たちにとって簡単なことではありません。

2 エホバや組織を信頼すべきなのは,聖書を学び始めた人だけではありません。長年聖書を学んできた人たちも,エホバがいつも正しいことを行うということを覚えておく必要があります。エホバへの信頼を試すような問題にぶつかることがあるからです。この記事では,そうした状況のうち3つを取り上げます。(1)聖書を読んでいる時,(2)エホバの組織から指示を受けた時,(3)将来難しい事態に直面する時です。

聖書を読んでいる時

3. 聖書を読んでいる時,エホバへの信頼がどのように試されるかもしれませんか。

 3 聖書を読んでいると,人々に対するエホバの扱い方やエホバの決定に関して,疑問を感じることがあるかもしれません。例えば,民数記には,安息日に薪を集めたイスラエル人を死刑にするようエホバが命じたことが載せられています。一方,サムエル記第二には,その数百年後,姦淫と殺人の罪を犯したダビデをエホバが許したことが書かれています。(民 15:32,35。サム二 12:9,13)こうした記述を読むと,「重大な罪を犯したダビデが許されたのに,それほど大した罪ではないように思えることをしたイスラエル人が死刑になったのはなぜだろう」と思うかもしれません。この疑問に答えるために,聖書を読む時に覚えておくべき,3つの大切なポイントについて考えていきましょう。

4. エホバはいつも正しい判断を下す方です。そのことへの信頼を深める上で,創世記 18章20,21節申命記 10章17節はどのように役立ちますか。

4 には全ての情が載せられているわけではない。私たちは,ダビデが心から悔い改めたということを知っています。(詩 51:2‐4)では,薪を集めて死刑になったイスラエル人についてはどうでしょうか。その人は,自分がしたことを悪かったと思っていたでしょうか。それ以前にもエホバのおきてを破ったことがあるでしょうか。与えられていた警告を無視したり退けたりしていたでしょうか。聖書には何も書かれていません。でも私たちは,エホバが「決して不公正ではな[い]」ということを確信しています。(申 32:4)エホバは全ての事実を知っていて,それに基づいて判断を下します。人間とは違い,うわさや偏見などによって判断を狂わされてしまうということはありません。 18:20,21, 10:17を読む。)エホバとエホバの基準について学べば学ぶほど,エホバがいつも正しい判断を下す,ということをいっそう信頼できるようになります。聖書を読んでいて,疑問に思う点の答えが今は分からないとしても,エホバについてよく知っているなら,「エホバが行うことは全て正しい」ということを確信できます。(詩 145:17

5. 私たちは不完全であるために,どんな判断を下してしまうことがありますか。(「 不完全さは見方をゆがめる」の囲みも参照。)

5 は不なので,正しく判できないことがある。私たち人間は,神に似た者として造られているので,人が公平に扱われることを心から願います。(創 1:26)とはいえ,不完全であるために,全ての情報を知っていると思う時であっても,正しい判断を下せないことがあります。例えばヨナは,エホバがニネベの人たちに憐れみを示すことにした時,不愉快に感じました。(ヨナ 3:10–4:1)しかし,エホバが憐れみを示したので,12万人を超える悔い改めたニネベの人たちが命を救われました。間違っていたのは,エホバではなくヨナだったのです。

6. エホバには自分の決定について私たちに説明する責任がないのはなぜですか。

6 エホバには自の決に関して人に説する責はない。確かにエホバは,ご自分がしたことやこれからしようとしていることについて,ご自分に仕える者たちの意見に耳を傾けたことがあります。(創 18:25。ヨナ 4:2,3)そして,その理由について説明したこともあります。(ヨナ 4:10,11)とはいえ,エホバにはそうする責任があるわけではありません。エホバは創造者なので,ご自分の行動について人間に許可を求める必要はないのです。(イザ 40:13,14; 55:9

指示を受けた時

7. 私たちはどんなことに難しさを感じるかもしれませんか。なぜですか。

7 私たちは,エホバがいつも正しいことを行うということは全く疑いません。それでも,エホバが責任を委ねている人を信頼するのは,難しいことがあります。組織の中である程度の責任を委ねられている人について,「エホバの指示に従っているのだろうか,それとも自分のやり方に従っているのだろうか」と疑問に思うことがあるかもしれません。聖書時代の人たちにも,同じようなことがあったでしょうか。 3節で挙げた例について,もう一度考えてみましょう。安息日に薪を集めた人は死刑になりました。その人の親族は,「モーセはこの死刑宣告について,本当にエホバの指示を求めたのだろうか」と思ったかもしれません。ダビデはヘト人ウリヤの妻と姦淫を犯しましたが,死刑にはなりませんでした。それで,ウリヤの友人は,「ダビデは王としての立場を利用して,罰を逃れたのではないか」と思ったかもしれません。エホバはご自分が責任を委ねている人たちのことを信頼しています。ですから,私たちはそうした人たちのことを信頼しないなら,エホバを信頼していないことになります。

8. 現代のエホバの組織は,使徒 16章4,5節に記されている型にどのように従っていますか。

8 現代,エホバは「忠実で思慮深い奴隷」を用いて,ご自分の組織の地上の部分を導いています。(マタ 24:45)この奴隷は1世紀の統治体と同じように,世界中のエホバに仕える人たちを見守り,会衆の長老たちに指示を与えています。使 16:4,5を読む。)そして,長老たちが会衆の中でその指示を実行します。私たちは,組織や長老たちからの指示に従うなら,エホバの物事の扱い方が正しいと信じていることを示せるのです。

9. どんな場合に長老たちの決定に従うのを難しく感じるかもしれませんか。なぜですか。

9 時には,長老たちの決定に従うのを難しく感じることもあるでしょう。例えば,最近では王国会館をいっそう有効に活用するために,多くの会衆や巡回区が再編成されています。それで,長老たちから,別の会衆に移動してくれないか,と頼まれるかもしれません。そういう場合,友達や家族と別れるのは嫌だ,と思うかもしれません。確かに,長老たちは誰をどの会衆に割り当てるかについて神から直接指示を受けているわけではありません。そうしたことを考えると,長老たちの決定に従うのを難しく感じることもあるでしょう。とはいえ,エホバは長老たちを信頼していて,こうした決定を行う責任を委ねています。ですから,私たちも長老たちを信頼する必要があります。 *

10. ヘブライ 13章17節からすると,長老たちに協力する必要があるのはなぜですか。

10 私たちは,長老たちの決定を支持する必要があります。その決定が,私たちが願っていたものとは違うとしてもそうです。なぜでしょうか。支持することによって,エホバに仕える人たちの一致を守ることができるからです。(エフェ 4:2,3)全ての人が長老団の決定に謙遜に従うなら,会衆はいっそう成長していきます。ヘブライ 13:17を読む。)さらに重要なこととして,私たちはエホバから会衆の世話を委ねられている人たちに協力することによって,エホバを信頼していることを示せるのです。(使徒 20:28

11. 長老たちからの指示に対する信頼を深めるために,どんなことができますか。

11 長老たちからの指示に対する信頼を深めるために,どんなことを覚えておくとよいでしょうか。長老たちは,会衆に関係する事柄を考慮する際,エホバに聖なる力を求めて祈ります。また,聖書の教えや組織からの指針に注意深く従っています。そして,エホバに喜んでいただくことや,兄弟姉妹にとって本当にためになることを行いたいと心から願っています。さらに,兄弟姉妹をどのように世話するかについて,神の前で責任を負っているということを理解しています。(ペテ一 5:2,3)考えてみてください。この世界が人種や宗教や政治によって分裂している一方で,エホバの証人は,ただひとりの真の神を一致して崇拝しています。これは,エホバの助けがあるからこそ可能になっているのです。

12. 長老たちは,罪を犯した人が悔い改めているかどうかを見極めるために,どんなことを考慮しますか。

12 エホバは長老たちに,会衆を清く保つという重い責任を委ねています。それで,クリスチャンが重大な罪を犯した場合,長老たちはその人が会衆にとどまれるかどうかを判断するよう求められています。長老たちは,その人が自分が犯した罪を本当に悔い改めているかどうかを見極めます。その人は,口では悔い改めていると言うかもしれませんが,自分が行ってしまったことを本当に憎んでいるでしょうか。同じ罪を二度と繰り返さないと決意しているでしょうか。一緒に過ごす人から悪い影響を受けて罪を犯してしまったのであれば,そうした人との付き合いを断つことを心に決めているでしょうか。長老たちは,祈りで助けを求めつつ,聖書を注意深く調べるとともに,罪を犯した人が自分の行いについてどんな態度を示しているかを考慮します。そして,その人が会衆にとどまれるかどうかを判断します。場合によっては,その人は排斥されるかもしれません。(コリ一 5:11‐13

13. 友達や親族が排斥された場合,どのように感じることがあるかもしれませんか。

13 どんな時に,長老たちに対する信頼が試されることがあるでしょうか。誰かが排斥された場合,その人が親しい友達や親族でなければ,長老たちの決定を受け入れるのはあまり難しくないかもしれません。では,親しい人が排斥された場合はどうですか。「長老たちは本当に全ての情報をきちんと調べたのだろうか。本当にエホバの方法で判断したのだろうか」と疑問に思うかもしれません。では,長老たちの決定に対して正しい見方を保つ上で,どんなことが助けになるでしょうか。

14. 親しい人が排斥された場合,長老たちの決定に対して正しい態度を保つ上で,どんなことが助けになりますか。

14 排斥はエホバが取り決めたものであり,会衆のためにも罪を犯した人のためにもなる,ということを覚えておく必要があります。罪を犯しても悔い改めない人が会衆にとどまることを許されるなら,周りの人に悪い影響が及んでしまいます。(ガラ 5:9)その人は,自分が犯した罪の重大さを理解しないかもしれません。また,エホバとの絆を取り戻すために考えや行動を改めようという気持ちにもならないかもしれません。(伝 8:11)長老たちは,悔い改めない人を排斥するという責任を真剣に受け止めています。古代イスラエルの裁判人と同じように,自分たちが「人のためではなくエホバのために裁」いているということを理解しているのです。(代二 19:6,7

今エホバを信頼するなら将来に備えることができる

大患難の時に与えられる指示に進んで従う上で,どんなことが助けになりますか。(15節を参照。)

15. エホバからの指示に今従うことがこれまでになく重要なのはなぜですか。

15 この体制の終わりが近づいているので,エホバがいつも正しいことを行うと信じることはこれまでになく重要です。なぜなら,大患難の時には,従いにくく理解に苦しむような指示を受けるかもしれないからです。エホバは,私たち一人一人に直接指示を与えることはありません。おそらく,責任を委ねている兄弟たちを通して与えることでしょう。そうした時に,与えられた指示を疑って,「これは本当にエホバからのものだろうか。兄弟たちが勝手に考えたのではないだろうか」などと考えている場合ではありません。この最も緊迫した重要な時に,私たち一人一人はエホバと組織への信頼を保つでしょうか。その答えは,エホバが責任を委ねている人たちから与えられる指示に,私たちがどのように応じているかに表れます。そうした指示に今進んで従っているなら,大患難の時にも同じようにできるでしょう。(ルカ 16:10

16. エホバの裁きが正しいと信じているかどうかは,近い将来どのように試されますか。

16 この体制が終わる時に下されるエホバの裁きについても考えてみましょう。今私たちは,エホバの証人ではない親族を含め,多くの人たちがエホバに仕えるようになってほしいと願っています。とはいえ,ハルマゲドンの時には,エホバがイエスを用いてそうした人たちが新しい世界に入れるかどうかを判断します。(マタ 25:31‐33。テサ二 1:7‐9)誰がエホバの憐れみを受けるかを決めるのは私たちではありません。(マタ 25:34,41,46)その時,私たちはエホバの裁きが正しいと信じるでしょうか。それとも,その裁きを受け入れられずに,エホバから離れてしまうでしょうか。将来エホバのことを100%信頼するためには,今エホバに対する信頼を深めておく必要があります。

17. この体制が終わる時に下されるエホバの裁きの結果,どんな素晴らしいことが実現しますか。

17 エホバの裁きによって実現する新しい世界の様子について想像してみましょう。間違った宗教はありません。貪欲な商業体制もありません。これまでずっと人々を抑圧し,苦しめてきた政治体制も,もうありません。病気や老化や愛する人の死を経験することももはやなくなります。サタンと邪悪な天使たちは1000年の間,人を惑わすことができなくなり,彼らの反逆によって生じた悪い事柄も全てなくなります。(啓 20:2,3)その時私たちは,エホバがいつも正しいことを行うと信じて本当に良かった,と感じることでしょう。

18. 民数記 11章4‐6節,21章5節にあるイスラエル人の例から,どんなことを学べますか。

18 新しい世界に入った後も,エホバへの信頼を試されることがあるでしょうか。エジプトで奴隷だったイスラエル人が自由になったすぐ後,どんなことが起きたか,考えてみましょう。一部の人はエジプトで食べていた物を懐かしく思い出し,エホバが与えてくださったマナに関して文句を言いました。 11:4‐6; 21:5を読む。)大患難が終わった後,私たちも同じように思うことがあるでしょうか。大患難の後片付けをして地球をパラダイスに変えていくためには,多くのことを行わなければならないでしょう。初めのうちは不便なこともあるかもしれません。そうした時,エホバから与えられているものに関して文句を言うでしょうか。エホバが与えてくださっているものに対して,感謝の気持ちを深めるなら,も同じように感謝の気持ちを持つことができるでしょう。

19. この記事ではどんな大切なことを学びましたか。

19 エホバはいつも正しいことを行う方です。私たちはそのことを確信する必要があります。そして,エホバから責任を委ねられている人たちを信頼することも大切です。エホバが預言者イザヤを通して語った,次の言葉を覚えておきましょう。「平静を保ち,信頼するなら,力を得る」。(イザ 30:15

37番の歌 聖書 ― 神の霊感によるもの

^ 5節 エホバとエホバが責任を委ねている人たちに対する信頼を深めるのは大切なことです。そうすることが,今大切なのはなぜでしょうか。また,将来の難しい状況に備えることになるのはなぜですか。この記事ではこうした点を考えます。

^ 9節 事情によっては,現在の会衆にとどまることが必要な場合もあるかもしれません。「わたしたちの王国宣教」2002年11月号の「質問箱」を参照。