勇気を出しなさい ― エホバが共におられます!

勇気を出しなさい ― エホバが共におられます!

「勇気​を​出し,強く​あり​なさい。……あなた​の​神​エホバ​が​共​に​いる​から​で​ある」。―ヨシュ 1:9

1,2. (イ)試練​を​乗り越える​うえ​で,どんな​特質​が​役立ち​ます​か。(ロ)信仰​を​どの​よう​に​定義​でき​ます​か。説明​し​て​ください。

エホバ​へ​の​奉仕​は​喜び​を​もたらし​ます​が,わたしたち​は,だれ​も​が​経験​する​難しい​問題​に​直面​し​ます。「義​の​ため​に​苦しみ​を​受ける」こと​も​あり​ます。(ペテ​一 3:14; 5:8,9。コリ​一 10:13)試練​を​乗り越える​に​は,信仰​と​勇気​が​必要​です。

2 信仰​と​は​何​です​か。使徒​パウロ​は,「信仰​と​は,望ん​で​いる​事柄​に​対する​保証​さ​れ​た​期待​で​あり,見え​ない​実体​に​つい​て​の​明白​な​論証​です」と​書き​まし​た。(ヘブ 11:1)別​の​翻訳​で​は,「信仰​と​は,望ん​で​いる​事柄​の​権利​証書​で​ある。信仰​と​は,見え​ない​事柄​を​確信​し​て​いる​こと​で​ある」と​なっ​て​い​ます。(「簡明​な​英語​聖書」)何​か​の​物件​が​権利​証書​と​共​に​自分​に​譲渡​さ​れ​た​なら,それ​が​自分​の​もの​に​なっ​た​こと​を​確信​でき​ます。同様​に,神​の​約束​は​必ず​果たさ​れる​と​いう​信仰​を​抱く​人​は,価値​ある​権利​証書​を​持っ​て​いる​か​の​よう​です。信仰​が​あれ​ば,望ん​で​いる​事柄,つまり​聖書​に​基づく​約束​が​成就​する​こと​を​疑わ​ず,目​に​見え​ない​霊的​な​現実​を​確信​する​こと​が​でき​ます。

3,4. (イ)勇気​と​は​何​です​か。(ロ)信仰​と​勇気​を​強める​ため​の​どんな​方法​が​あり​ます​か。

3 勇気​は,「障害​や​危険​に​面し​て​も​恐れ​ず​に​語り​かつ​行動​する​ため​の​霊的​・​感情​的​・​道徳​的​な​強さ」と​定義​さ​れ​ます。(「新 注釈​者​の​聖書​辞典」[英語])勇気​ある​人​は,強く​勇敢​で​あり,時​に​大胆​に​なり​ます。―マル 6:49,50。テモ​二 1:7

4 信仰​と​勇気​は​望ましい​特質​です。しかし,自分​に​は​さらに​信仰​が​必要​で​あり,勇気​が​欠け​て​いる​と​思える​なら,どう​でしょ​う​か。聖書​に​は,非常​に​多く​の​人​たち​の​信仰​と​勇気​の​記録​が​含ま​れ​て​い​ます。ですから,そう​し​た​模範​の​幾つ​か​を​考慮​する​こと​も,信仰​と​勇気​を​強める​ため​の​方法​です。

エホバ​は​ヨシュア​と​共​に​おら​れ​た

5. ヨシュア​は​任務​を​果たす​ため​に​何​を​必要​と​し​まし​た​か。

5 時​は​3,500​年​ほど​前。幾百万​も​の​イスラエル​人​が​エホバ​の​強い​み手​に​より​エジプト​の​束縛​から​救出​さ​れ​て​から,40​年​が​経過​し​て​い​まし​た。指導​者​で​あっ​た​預言​者​モーセ​は​120​歳​に​なり,約束​の​地​を​遠く​に​見​て,ネボ​山​の​頂​で​亡くなり​ます。後継​者​は​ヨシュア​です。ヨシュア​は「知恵​の​霊​に​満ち​て」い​まし​た。(申 34:1‐9)イスラエル​人​は​間​も​なく​カナン​の​地​を​所有​する​こと​に​なっ​て​い​まし​た。ヨシュア​が​その​指導​者​と​し​て​成功​を​収める​に​は,神​から​の​知恵​が​必要​です。エホバ​に​信仰​を​働かせ,勇気​を​出し,強く​なけれ​ば​なり​ませ​ん。―申 31:22,23

6. (イ)ヨシュア 23​章​6​節​は,勇気​を​持っ​て​何​を​行なう​よう​求め​て​い​ます​か。(ロ)使徒 4​章​18‐20​節​と​5​章​29​節​の​言葉​から,どんな​こと​を​学べ​ます​か。

6 長​期間​に​わたる​カナン​の​征服​に​おい​て​ヨシュア​が​示し​た​知恵​と​勇気​と​信仰​は,イスラエル​人​を​強め​た​はず​です。しかし​彼ら​は,戦い​に​おける​勇敢​さ​に​加え,ヨシュア​から​の​命令​を​行なう​ため​に,内​に​秘め​た​勇気​を​必要​と​し​まし​た。ヨシュア​は​その​生涯​の​終わり​の​告別​の​辞​で,こう​述べ​まし​た。「あなた方​は​大いに​勇気​を​持ち,モーセ​の​律法​の​書​に​記さ​れ​て​いる​すべて​の​事柄​を​守り行なわ​なけれ​ば​なり​ませ​ん。それ​から​右​に​も​左​に​も​それ​て​は​な(り​ませ​ん)」。(ヨシュ 23:6)現代​も,常​に​エホバ​に​従う​勇気​が​必要​です。神​の​ご意志​に​反する​行動​を​取る​よう​に​人間​から​命じ​られ​た​とき​も,例外​で​は​あり​ませ​ん。使徒 4:18‐20; 5:29を​読む。祈り​の​うち​に​エホバ​に​頼る​なら,そう​し​た​勇気​ある​立場​を​取れる​よう​エホバ​は​助け​て​ください​ます。

自分​の​道​を​成功​さ​せる ― どの​よう​に?

7. 勇気​を​持っ​て​行動​し,成功​する​ため​に,ヨシュア​は​何​を​する​必要​が​あり​まし​た​か。

7 神​の​ご意志​を​行なう​ため​に​必要​な​勇気​を​持つ​に​は,み言葉​を​学び,当てはめ​なけれ​ば​なり​ませ​ん。ヨシュア​が​モーセ​の​後継​者​に​なっ​た​時​に​告げ​られ​た​の​も​その​こと​でし​た。エホバ​は​こう​言わ​れ​まし​た。「勇気​を​出し,大いに​強く​あり​なさい。注意​し​て,わたし​の​僕​モーセ​が​あなた​に​命じ​た​すべて​の​律法​の​とおり​に​行なう​ため​で​ある。……この​律法​の​書​が​あなた​の​口​から​離れ​て​は​いけ​ない。あなた​は​それ​を​昼​も​夜​も​小声​で​読ま​なけれ​ば​なら​ない。注意​し​て​そこ​に​記さ​れ​て​いる​すべて​の​こと​を​その​とおり​に​行なう​ため​で​ある。そう​すれ​ば​あなた​は​自分​の​道​を​成功​さ​せ,賢く​行動​できる​から​で​ある」。(ヨシュ 1:7,8)ヨシュア​は​その​諭し​に​従い,「自分​の​道​を​成功​さ​せ」まし​た。わたしたち​も​神​の​諭し​に​従う​なら,いっそう​強い​勇気​を​持ち,神​へ​の​奉仕​に​おい​て​成功​する​こと​が​でき​ます。

2013​年​の​年句: 「勇気​を​出し,強く​あり​なさい。……あなた​の​神​エホバ​が​共​に​いる​から​で​ある」。―ヨシュア 1:9

8. 2013​年​の​年句​は​どんな​聖句​から​取ら​れ​て​い​ます​か。その​聖句​は​どの​よう​に​助け​に​なる​と​思い​ます​か。

8 ヨシュア​は​エホバ​の​その​後​の​言葉​に​よっ​て,大いに​強め​られ​た​に​違いあり​ませ​ん。「勇気​を​出し,強く​あり​なさい。うろたえ​たり,おびえ​たり​し​て​は​いけ​ない。あなた​が​どこ​に​行こ​う​と​も,あなた​の​神​エホバ​が​共​に​いる​から​で​ある」と​エホバ​は​言わ​れ​た​の​です。(ヨシュ 1:9)エホバ​は​わたしたち​の​場合​に​も,共​に​い​て​ください​ます。ですから,どんな​試練​に​直面​し​て​も,「うろたえ​たり,おびえ​たり​し​て​は」なり​ませ​ん。とりわけ​注目​できる​の​は,「勇気​を​出し,強く​あり​なさい。……あなた​の​神​エホバ​が​共​に​いる​から​で​ある」と​いう​言葉​です。2013​年​の​年句​と​し​て​ヨシュア 1​章​9​節​の​この​部分​が​選ば​れ​まし​た。信仰​と​勇気​を​鼓舞​する​言葉​や​行動​は​ほか​に​も​あり​ます​が,ヨシュア​に​関する​この​年句​は,これ​から​何​か月​も​の​間,わたしたち​を​強め​て​くれる​に​違いあり​ませ​ん。

勇気​を​持っ​て​立場​を​定め​た​人々

9. ラハブ​は​どの​よう​に,信仰​と​勇気​を​示し​まし​た​か。

9 ヨシュア​が​二​人​の​斥候​を​カナン​に​送り込ん​だ​際,遊女​ラハブ​は​彼ら​を​かく​まい,敵​を​別​の​方向​に​行か​せ​まし​た。信仰​と​勇気​を​示す​その​行動​ゆえ​に,ラハブ​と​その​家​の​者​たち​は​エリコ​が​イスラエル​人​の​手​に​落ち​た​時,命​を​救わ​れ​まし​た。(ヘブ 11:30,31。ヤコ 2:25)エホバ​を​喜ばせる​ため,ラハブ​は​もちろん​不​道徳​な​生活​を​捨て​まし​た。クリスチャン​に​なっ​た​ある​人​たち​も,信仰​と​勇気​と​道徳​的​な​強さ​を​持ち,神​を​喜ばせる​ため​に​ラハブ​と​同じ​よう​な​変化​を​遂げ​まし​た。

10. ルツ​は​どんな​状況​の​もと​で​真​の​崇拝​の​側​に​立場​を​定め​まし​た​か。その​結果,どんな​祝福​を​受け​まし​た​か。

10 ヨシュア​の​後​の​時代​に​話​を​移し​ましょ​う。モアブ​人​の​女性​ルツ​も,勇気​を​持っ​て​真​の​崇拝​の​側​に​立場​を​定め​まし​た。亡くなっ​た​夫​が​イスラエル​人​だっ​た​の​で,エホバ​の​こと​を​知っ​た​の​でしょ​う。しゅうとめ​の​ナオミ​も​夫​と​死​に​別れ,モアブ​に​住ん​で​い​まし​た​が,イスラエル​の​町​ベツレヘム​に​帰る​こと​に​し​まし​た。その​途上​ナオミ​は​ルツ​に,モアブ​に​戻る​よう​しきり​に​勧め​ます​が,ルツ​は​こう​答え​ます。「あなた​を​捨て,あなた​に​付い​て​行く​の​を​やめ​て​引き返す​よう​に​と​勧める​こと​は​し​ない​で​ください。……あなた​の​民​は​わたし​の​民,あなた​の​神​は​わたし​の​神​と​なり​ます」。(ルツ 1:16)ルツ​は​本気​でし​た。やがて​ルツ​は,ナオミ​の​近親​者​で​ある​ボアズ​と​結婚​し​て​息子​を​もうけ,ダビデ​および​イエス​の​先祖​と​なり​ます。そう​です,エホバ​は​信仰​と​勇気​を​持っ​て​行動​する​人​を​祝福​さ​れる​の​です。―ルツ 2:12; 4:17‐22。マタ 1:1‐6

多く​の​人​が​命​を​かけ​た

11. エホヤダ​と​妻​の​エホシェバ​は​どの​よう​に​勇気​を​示し​まし​た​か。その​ため,どんな​こと​が​成し遂げ​られ​まし​た​か。

11 自分​の​こと​より​仲間​の​信者​の​益​や​幸福​を​優先​し​た​人​たち​が​い​ます。神​が​その​よう​な​人​たち​と​共​に​おら​れる​こと​を​知る​と,勇気​と​信仰​は​強め​られ​ます。例えば,大​祭司​エホヤダ​と​その​妻​エホシェバ​の​こと​を​考え​て​み​ましょ​う。アハジヤ​王​の​死後,その​母​アタリヤ​は​王家​の​子孫​を​殺し,王座​を​奪い​まし​た。しかし​エホヤダ​と​妻​の​エホシェバ​は,危険​を​承知​で​アハジヤ​の​息子​エホアシュ​を​助け出し,6​年​間​かくまい​まし​た。その​7​年​目​に,エホヤダ​は​エホアシュ​が​王​で​ある​と​宣言​さ​せ,アタリヤ​を​死​に​処し​ます。(王​二 11:1‐16)後​に​エホヤダ​は,王​エホアシュ​の​神殿​修復​の​仕事​を​支援​し​まし​た。エホヤダ​は​130​歳​で​死に​まし​た​が,「イスラエル​で,また​まこと​の​神​と​その​家​に​関し​て​善い​こと​を​行なっ​た」ため,他​の​王​たち​と​共​に​葬ら​れ​まし​た。(代​二 24:15,16)さらに,エホヤダ​と​その​妻​の​勇気​ある​行動​に​より,メシア​に​至る​ダビデ​の​王統​が​守ら​れ​まし​た。

12. エベド​・​メレク​は​どんな​勇気​ある​行動​を​取り​まし​た​か。

12 ゼデキヤ​王​の​家​の​宦官​で​あっ​た​エベド​・​メレク​は,エレミヤ​の​ため​に​命​を​かけ​まし​た。王​は​ユダ​の​君​たち​に​エレミヤ​を​引き渡し​まし​た。君​たち​は​エレミヤ​に​扇動​の​濡れ衣​を​着せ,泥​の​水溜め​に​投げ込ん​で​死ぬ​に​任せ​まし​た。(エレ 38:4‐6)エレミヤ​へ​の​憎しみ​を​考える​と​危険​な​こと​でし​た​が,エベド​・​メレク​は​エレミヤ​の​ため​に​王​に​訴え出​ます。王​は​好意​的​な​反応​を​示し,エレミヤ​を​救出​する​ため​に​30​人​の​部下​を​エベド​・​メレク​に​同行​さ​せ​ます。エベド​・​メレク​は​エレミヤ​を​通し​て,エルサレム​が​バビロニア​人​に​攻囲​さ​れる​間​も​滅びる​こと​は​ない,と​いう​神​から​の​保証​を​与え​られ​まし​た。(エレ 39:15‐18)敬虔​な​勇気​は​報わ​れる​の​です。

13. 3​人​の​ヘブライ​人​は​勇気​ある​どんな​立場​を​取り​まし​た​か。その​経験​から​どの​よう​な​益​が​得​られ​ます​か。

13 西暦​前​7​世紀​に​は,ヘブライ​人​の​3​人​の​エホバ​の​僕​たち​に,神​が​信仰​と​勇気​に​報い​て​くださる​こと​が​はっきり​示さ​れ​まし​た。ネブカドネザル​王​は,バビロン​の​高官​たち​を​集め,そびえ立つ​金​の​像​を​崇拝​する​よう​命じ​ます。しかも,それ​を​拒む​者​は​だれ​で​あれ,火​の​燃える​炉​で​死ぬ​こと​に​なる,と​いう​の​です。3​人​の​ヘブライ​人​は​ネブカドネザル​に​恭しく​こう​答え​ます。「わたしたち​の​仕え​て​いる​わたしたち​の​神​は,わたしたち​を​救い出す​こと​が​おでき​に​なり​ます。火​の​燃える​炉​の​中​から,そして​あなた​の​手​から,王​よ,わたしたち​を​救い出し​て​くださる​の​です。しかし,もし​そう​さ​れ​ない​と​し​て​も,王​よ,ご承知​ください。あなた​の​神々​は​わたしたち​が​仕え​て​いる​もの​で​は​あり​ませ​ん。あなた​が​立て​た​金​の​像​を​わたしたち​は​崇拝​いたし​ませ​ん」。(ダニ 3:16‐18)しかし​この​3​人​は​救出​さ​れ​ます。興奮​を​誘う​その​様子​は,ダニエル 3​章​19‐30​節​に​生き生き​と​描か​れ​て​い​ます。わたしたち​の​場合,火​の​燃える​炉​で​死ぬ​と​脅さ​れる​こと​は​ない​か​も​しれ​ませ​ん​が,忠誠​の​試み​に​遭う​こと​は​あり​ます。その​よう​な​とき​は,神​が​わたしたち​の​信仰​と​勇気​を​祝福​し​て​くださる​こと​を​確信​でき​ます。

14. ダニエル 6​章​に​よる​と,ダニエル​は​どの​よう​に​勇気​を​持っ​て​行動​し​まし​た​か。どんな​結果​に​なり​まし​た​か。

14 ダニエル​も​信仰​と​勇気​を​示し​まし​た。敵​たち​が​ダリウス​王​に,「三十​日​の​間,神​に​で​あれ​人​に​で​あれ,王​よ,あなた​以外​の​者​に​請願​を​する​者​が​いれ​ば,その​者​は​ライオン​の​坑​に​投げ込ま​れる​よう​に」と​述べ,そう​し​た​内容​の​布告​を​出す​よう​に​説得​し​た​の​です。ダニエル​は​その​書面​に​署名​が​なさ​れ​た​こと​を​知る​や,次​の​よう​な​行動​を​取り​まし​た。「ダニエル​は……自分​の​家​の​中​に​入っ​た。その​屋上​の​間​の​窓​は​彼​の​ため​に​エルサレム​に​向け​て​開か​れ​て​おり,日​に​三​度,彼​は​ひざまずい​て​祈り,自分​の​神​の​前​に​賛美​を​ささげる​の​で​あっ​た。それ​まで​いつも​その​よう​に​行なっ​て​き​た​の​で​ある」。(ダニ 6:6‐10)勇気​ある​ダニエル​は​結局​ライオン​の​坑​に​投げ込ま​れ​ます​が,エホバ​は​ダニエル​を​救出​さ​れ​ます。―ダニ 6:16‐23

15. (イ)アクラ​と​プリスキラ​は,信仰​と​勇気​の​どんな​模範​を​示し​まし​た​か。(ロ)ヨハネ 13​章​34​節​の​イエス​の​言葉​は​どう​いう​意味​です​か。多く​の​クリスチャン​は,どの​よう​に​そう​し​た​愛​を​示し​て​き​まし​た​か。

15 アクラ​と​プリスキラ​も,詳しい​事情​は​分かり​ませ​ん​が,「[パウロ]の​魂​の​ため​に​自分​の​首​を​かけ」まし​た。(使徒 18:2。ロマ 16:3,4)イエス​の​次​の​言葉​に​従い,勇敢​に​行動​し​た​の​です。「わたし​は​あなた方​に​新しい​おきて​を​与え​ます。それ​は,あなた方​が​互い​に​愛し合う​こと​です。つまり,わたし​が​あなた方​を​愛し​た​とおり​に,あなた方​も​互い​を​愛する​こと​です」。(ヨハ 13:34)モーセ​の​律法​で​は,自分​自身​の​よう​に​隣人​を​愛する​こと​が​要求​さ​れ​まし​た。(レビ 19:18)しかし,イエス​の​おきて​は,ご自身​が​なさっ​た​よう​に,他​の​人​の​ため​に​命​を​与える​ほど​に​愛する,と​いう​意味​で「新しい」もの​でし​た。多く​の​クリスチャン​は,仲間​の​信者​が​敵​に​よっ​て​虐待​さ​れ​たり​殺さ​れ​たり​し​ない​よう​勇敢​に「自分​の​首​を​かけ」,そう​する​こと​に​よっ​て​愛​を​示し​て​き​まし​た。―ヨハネ​第​一 3:16を​読む。

初期​クリスチャン​に​とっ​て,妥協​と​いう​選択​肢​は​なかっ​た

16,17. キリスト​の​初期​の​追随​者​たち​の​中​に​は,どんな​信仰​の​試み​に​直面​し​た​人​が​い​ます​か。現代​で​も,ある​クリスチャン​たち​は,それ​に​似​た​どんな​経験​を​し​て​い​ます​か。

16 初期​クリスチャン​は​イエス​に​倣い,勇気​を​持っ​て​エホバ​だけ​に​崇拝​を​ささげ​まし​た。(マタ 4:8‐10)ローマ​皇帝​の​名誉​を​たたえる​香​を​たく​こと​を​拒ん​だ​の​です。(挿絵​を​参照。)ダニエル​・​P​・​マニックス​は​次​の​よう​に​述べ​て​い​ます。「火​の​燃える​祭壇​は​通常,彼ら​の​便宜​を​図っ​て​闘技​場​に​置か​れ​て​い​た​が,信仰​を​撤回​し​た​クリスチャン​は​ほとんど​い​なかっ​た。囚人​は,一​つまみ​の​香​を​炎​の​上​に​振りまき​さえ​すれ​ば,犠牲​証明​書​が​与え​られ​て​釈放​さ​れ​た。皇帝​を​崇拝​する​の​で​は​なく,ローマ​国家​の​首長​と​し​て​の​皇帝​の​神格​を​認める​に​すぎ​ない​と​いう​こと​も​注意深く​説明​さ​れ​た。しかし,その​釈放​の​機会​を​利用​し​た​クリスチャン​は​ほとんど​い​なかっ​た」。―「まさに​死の​う​と​し​て​いる​人々」(英語)。

17 ナチ​強制​収容​所​に​送り込ま​れ,死​の​脅威​に​さらさ​れ​た​現代​の​クリスチャン​に​も,エホバ​を​否認​する​宣言​書​に​署名​し​て​自由​に​なる​機会​が​繰り返し​与え​られ​まし​た。しかし,署名​し​た​クリスチャン​は​ほとんど​い​ませ​ん​でし​た。最近​の​事例​で​は,ルワンダ​で​集団​虐殺​が​行なわ​れ​た​際,ツチ​族​と​フツ​族​の​証人​たち​が​命​を​かけ​て​互い​を​守り​まし​た。その​よう​な​試練​に​立ち向かう​に​は,勇気​と​信仰​が​必要​です。

エホバ​が​共​に​おら​れる​こと​を​忘れ​て​は​なら​ない

18,19. 宣べ伝える​業​を​行なう​うえ​で,信仰​と​勇気​に​関する​聖書​中​の​どんな​手本​が​助け​に​なり​ます​か。

18 今,神​の​僕​たち​に​は,かつて​なく​大​規模​な​業​に​参加​する​特権​が​あり​ます。王国​の​音信​を​伝え,弟子​を​作る​業​です。(マタ 24:14; 28:19,20)イエス​の​素晴らしい​手本​に​感謝​でき​ます。イエス​は「都市​から​都市,村​から​村​へ​と​旅​を​され,神​の​王国​の​良い​たより​を​宣べ伝え​また​宣明​され」まし​た。(ルカ 8:1)わたしたち​も,王国​の​音信​を​宣べ伝える​ため​に​信仰​と​勇気​が​必要​です。しかし,神​は​助け​て​ください​ます。ノア​の​よう​に​勇気​を​示せ​ます。ノア​は,世界​的​な​洪水​で​の​滅び​が​迫っ​て​い​た「不​敬虔​な​人々​の​世」に​おい​て,勇敢​な「義​の​伝道​者」でし​た。―ペテ​二 2:4,5

19 宣べ伝える​際,祈り​は​助け​に​なり​ます。弟子​たち​が​迫害​さ​れ,「大胆​さ​を​もっ​て​み言葉​を​語」れる​よう​に​祈っ​た​時,その​嘆願​は​聞き入れ​られ​まし​た。使徒 4:29‐31を​読む。家​から​家​の​業​に​幾らか​気後れ​を​覚える​とき,エホバ​は,より​強い​信仰​と​勇気​を​求める​祈り​に​答え​て​ください​ます。―詩編 66:19,20を​読む。 *

20. わたしたち​に​は,どんな​支え​が​あり​ます​か。

20 邪悪​で​問題​の​多い​世​で​生活​する​わたしたち​は,様々​な​試練​に​直面​し​ます。その​中​で​敬虔​な​歩み​を​続ける​の​は,大変​な​こと​です。しかし,わたしたち​は​独り​で​は​あり​ませ​ん。神​も,会衆​の​頭​で​ある​み子​も​共​に​い​て​ください​ます。世界​中​に​700万​人​を​超える​仲間​の​証人​たち​も​い​ます。ですから,これ​から​も​信仰​を​働かせ,「勇気​を​出し,強く​あり​なさい。……あなた​の​神​エホバ​が​共​に​いる​から​で​ある」と​いう​2013​年​の​年句​を​思い​に​留め,良い​たより​を​ふれ告げ​て​ゆこ​う​では​あり​ませ​ん​か。―ヨシュ 1:9

^ 19節 勇気​の​手本​に​つい​て​は,「ものみの塔」2012​年​2​月​15​日​号​の「勇気​を​出し,大いに​強く​あり​なさい」と​いう​記事​も​参照。