エホバを愛していることをどのように示せますか
「わたしたちは,彼がまずわたしたちを愛してくださったので愛するのです」。―ヨハ一 4:19。
1,2. エホバはご自分を愛するよう,どのようにわたしたちを教えておられますか。
父親が子どもを教える最善の方法は,自ら手本を示すことである,とよく言われます。使徒ヨハネが書いたように,「わたしたちは,[神]がまずわたしたちを愛してくださったので愛するのです」。(ヨハ一 4:19)そうです,エホバが父親として愛の優れた手本を示してくださったので,わたしたちもエホバを愛することができるのです。
2 神はどのように「まずわたしたちを愛してくださった」のでしょうか。使徒パウロはこう述べました。「神は,わたしたちがまだ罪人であった間にキリストがわたしたちのために死んでくださったことにおいて,ご自身の愛をわたしたちに示しておられるのです」。(ロマ 5:8)エホバはそうした大きな犠牲を払うことにより,つまり,信仰を抱く人々のためにみ子を贖いとして与えることにより,真の愛がどんなものかをお示しになりました。真の愛は,与えることにより,つまり利他的で自己犠牲的に行動することにより,表わされるのです。神のこの高潔な行動によって,わたしたちは神に近づき,その愛から益を得ることができます。そして,わたしたちの側も神に愛を示すことができます。―ヨハ一 4:10。
3,4. 神への愛をどのように表わすべきですか。
3 愛はエホバの主要な特質です。ですから,イエスがある人から,神のどのおきてが第一かと尋ねられて,こう答えたのもうなずけます。「あなたは,心をこめ,魂をこめ,思いをこめ,力をこめてあなたの神エホバを愛さねばならない」。(マル 12:30)このイエスの言葉から分かるように,神への愛には,まず第一に,わたしたちの心が関係しています。中途半端な心はエホバに喜ばれません。しかし,神を愛することには,魂と思いと力をこめることも関係しています。つまり,単に感情だけではなく,それよりずっと多くのものがかかわっているのです。神を愛することには,心をこめるだけではなく,わたしたちの霊的な能力全体と身体的な能力全体がかかわっていなければなりません。預言者ミカによると,エホバはそのような愛を求めておられます。―ミカ 6:8を読む。
4 天の父を愛していることをどのように示せるでしょうか。自分の持つものすべてをもって愛することです。イエスが述べたように,自分の身体的,感情的,霊的な能力全体がかかわっていなければなりません。前の記事では,エホバが子どもであるわたしたちに大きな愛をどのように示してこられたか,4つの点に注目して考えました。この記事では,どうすればエホバへの愛を深め,エホバに愛を示せるかを調べましょう。
エホバが与えてくださったものに感謝する
5. エホバがしてくださったことすべてを考えると,どうしたいと思うようになりますか。
5 贈り物をもらったらどうしますか。何かのかたちで感謝を表わすことでしょう。贈り物を当然と思わず,大切に用いるでしょう。弟子ヤコブはこう書きました。「あらゆる良い賜物,またあらゆる完全な贈り物は上から来ます。天の光の父から下って来るのです。そして父には影の回転による変化もありません」。(ヤコ 1:17)エホバはわたしたちが幸福に生きるために必要なものを,必ず与えてくださいます。そのことを考えると,エホバを愛したいと思うのではないでしょうか。
6. イスラエル人は,エホバの祝福を受け続けるために,何をする必要がありましたか。
6 イスラエル人は何百年もの間,エホバの愛に富む世話を受けて生活し,物質的な面でも霊的な面でもエホバに豊かに祝福されました。(申 4:7,8)しかし,そのような祝福を受け続けるには,神の律法に従うことがどうしても必要でした。自分の土地の「熟した初物のうちその最良のもの」をエホバに定期的にささげることも律法に規定されていました。(出 23:19)イスラエル人はそのようにして,エホバの愛と祝福を当然とは思っていないことを示すのです。―申命記 8:7‐11を読む。
7. エホバへの愛を示すために,どのように自分の「貴重なもの」を用いることができますか。
7 わたしたちはどうですか。今日,文字通りの犠牲をささげることは求められていませんが,自分の「貴重なもの」をもってエホバを敬うことによりエホバへの愛を示すのは,正しいことです。(箴 3:9)どんな方法でそうできるでしょうか。物質的なものを用いて,会衆の業や世界的な王国の業を支えることができます。それは,資力の程度にかかわらず,わたしたちがエホバへの愛を表わす良い方法です。(コリ二 8:12)しかし,別の方法もあります。
8,9. エホバの約束への信頼と,エホバへの愛はどのように関連していますか。例を挙げて説明してください。
8 イエスは追随者たちに,食べるものや身に着けるものについて思い煩うのではなく,王国をいつも第一に求めるよう教えました。天の父はわたしたちが本当に必要とするものを与えると約束しておられます。(マタ 6:31‐33)その約束をどれほど信頼するかで,エホバへの愛がどれほど深いかが分かります。愛と信頼は密接な関係にあるからです。信頼していない人を本当に愛することはできません。(詩 143:8)ですから,こう自問しましょう。「わたしが追い求めている目標とわたしの生き方は,エホバを本当に愛していることを示すものだろうか。毎日の生活の中で,必要なものを与えてくださるエホバの力に対する信頼を表わしているだろうか」。
9 マイクというクリスチャンは,そのような愛と信頼を示しました。マイクは若いころ,外国でエホバに奉仕することを強く願うようになりました。結婚して2人の子どもをもうけましたが,その願いは決して弱まりませんでした。必要の大きな場所での奉仕に関する多くの記事や経験から励みを得たマイクと家族は,生活を簡素にすることを決意し,家を売ってアパートに引っ越しました。建物の管理業務も縮小し,インターネットで外国から仕事を監督する方法を学びました。実際に家族で引っ越し,外国で楽しく2年間奉仕した後,マイクはこう述べました。「マタイ 6章33節のイエスの言葉の通りだと思いました」。
エホバから教えられる真理について黙想する
10. ダビデの言葉に示されているように,エホバに関する真理について黙想することは,どのように有益ですか。
10 今から3000年ほど前,ダビデ王は天を眺めて感銘を受け,「天は神の栄光を告げ知らせ,大空はみ手の業を語り告げている」と書きました。また,神の律法の知恵に感動し,「エホバの律法は完全で,魂を連れ戻す。エホバの諭しは信頼でき,経験のない者を賢くする」と述べました。そのように感謝のうちに黙想した結果,ダビデはこう語りました。「わたしの岩,わたしを請け戻してくださる方エホバよ,わたしの口のことばとわたしの心の黙想とが,あなたのみ前に快いものとなりますように」。明らかに,ダビデと神との間には,温かい親密な関係がありました。―詩 19:1,7,14。
11. エホバへの愛を示すために,エホバから与えられた知識をどのように用いることができますか。(冒頭の写真を参照。)
11 今わたしたちは,エホバの創造物とエホバの目的の進展に関する多くの知識を与えられています。この世は高等教育を奨励していますが,多くの人の経験から分かるように,そうしたものを追い求めるなら,信仰と神への愛を失ってしまう場合が少なくありません。しかし聖書は,知識を愛するだけでなく,知恵と理解を得るようにも勧めています。つまり,自分と他の人たちの益となるように,神から与えられた知識の用い方を学ぶ必要があります。(箴 4:5‐7)「神のご意志は,あらゆる人が救われて,真理の正確な知識に至ること」です。(テモ一 2:4)わたしたちは,心をこめて王国の良いたよりをすべての人に伝え,人類に対する神の壮大な目的を理解できるよう人々を助けるとき,エホバへの愛を示しているのです。―詩編 66:16,17を読む。
12. ある若い姉妹は,エホバからの霊的食物への感謝を,どのように言い表わしましたか。
12 若い人も,エホバからの霊的食物に感謝を示すことにより,エホバへの愛を表わせます。シャノンという姉妹は11歳の時,両親や10歳の妹と一緒に「敬虔な専心」地域大会に出席しました。その大会では,ある時間帯に若い人たちは特別な区画に座るように,という発表がありました。シャノンは少し緊張しましたが,その席に座りました。すると,若い人一人一人に,「若い人が尋ねる質問 ― 実際に役立つ答え」という美しい本がプレゼントされたので,シャノンはびっくりしました。この出来事は,エホバ神に対するシャノンの見方にどんな影響を与えたでしょうか。こう述べています。「エホバが実際におられて,わたし個人をとても深く愛しておられることを,この時初めて実感しました」。また,こうも言っています。「偉大な神エホバが,こういう素晴らしい贈り物を与えてくださるのは,本当にうれしいことです」。
神からの助言と懲らしめを受け入れる
13,14. エホバからの助言や懲らしめに,どう反応すべきですか。なぜですか。
13 「エホバは,父がその楽しみとする子を戒めるように,ご自分の愛する者を戒められる」と聖書は教えています。(箴 3:12)では,助言や懲らしめにどう反応すべきでしょうか。使徒パウロは現実を踏まえ,「どんな懲らしめも当座は喜ばしいものに思えず,かえってつらいことに思えます」と書きました。しかし,懲らしめの大切さを過小評価していたのではありません。次にこう述べているからです。「しかし後には,それによって訓練された人に,平和な実,すなわち義を生み出すのです」。(ヘブ 12:11)エホバを愛しているなら,エホバの助言に関心を払わなかったり憤ったりしないよう注意すべきです。それを非常に難しく感じる人たちもいます。しかし神への愛は大きな助けになります。
14 マラキの時代,多くのユダヤ人は神の助言に感謝しませんでした。犠牲に関する律法を知ってはいましたが,残念ながらエホバからの強い助言が必要になるほど,甚だしい怠慢に陥っていました。(マラキ 1:12,13を読む。)事態はどれほど深刻でしたか。エホバはこう言われました。「わたしも必ずあなた方の上にのろいを送り,あなた方の祝福をのろいとする。事実,わたしはその祝福をのろいとしたのである。あなた方が[わたしのおきて]を心に置いていないからである」。(マラ 2:1,2)そうです,エホバの愛ある助言を習慣的に,そして故意に無視するなら,深刻な結果になり得るのです。
15. 今の世には,わたしたちが警戒すべきどんな態度が浸透していますか。
15 自分第一で自己中心的な態度が浸透している今,助言や懲らしめについて話すのは簡単ではありません。助言や懲らしめを受け入れるのは,なおさらです。それを受け入れる人たちでさえ,しぶしぶそうすることが少なくありません。しかしクリスチャンは,「この事物の体制に合わせて形作られるのをやめなさい」と命じられています。「神の……完全なご意志」を理解し,それに従うことが必要です。(ロマ 12:2)エホバはご自分の組織を通して,異性に対する振る舞い,交わり,レクリエーションなど,生活上の様々な面に関する時宜にかなった助言を与えておられます。そうした指示を喜んで受け入れて当てはめるなら,エホバへの感謝と心からの愛を示すことができます。―ヨハ 14:31。ロマ 6:17。
保護と救いを求めてエホバに頼る
16,17. (イ)決定を下す際に,エホバのご意志を考慮すべきなのは,なぜですか。(ロ)イスラエル人は,エホバへの愛と信頼が欠けていることを,どのように示しましたか。
16 幼い子どもは危険を察知すると,反射的に親の方に走ってゆきます。しかし成長するにつれ,徐々に自分で判断し,決定を下すようになります。人はそのようにして大人になってゆきます。しかし,親との親しい関係を築いている人は,決定する前に親の意見やアドバイスを自由に求めます。エホバとの関係についても同じことが言えます。エホバは聖霊を与え,わたしたちが「志しかつ行動するように」促してくださいます。それでも,神のご意志を考慮せずに決定を下すなら,神に対する愛と信頼が欠けていることになります。―フィリ 2:13。
17 サムエルの時代,イスラエルはフィリスティア人との戦いで手痛い敗北を喫したことがあります。神の民は助けと保護を切実に必要としていました。彼らはどうしたでしょうか。こう言いました。「シロからエホバの契約の箱をわたしたちのところに持って来よう。それがわたしたちの中に入って,わたしたちを敵のたなごころから救うためである」。結果はどうでしたか。「殺りくは非常に大きかったため,イスラエルのうち徒歩の者三万人が倒れた。そして神の箱も奪い取られ[た]」と記されています。(サム一 4:2‐4,10,11)契約の箱を持って来たので,イスラエル人はエホバに助けを求めているかのように見えたかもしれません。しかし実際には,エホバの導きを求めていませんでした。自分たちの考えに従ったので,結果は悲惨でした。―箴言 14:12を読む。
18. エホバを信頼し,エホバに依り頼むことについて,聖書は何を教えていますか。
18 詩編作者は次のように述べて,エホバへの愛と信頼を示しました。「神を待ち望め。わたしは,わたし自身の大いなる救いとして,なお神をたたえるからだ。わたしの神よ,わたしの内でわたしの魂が絶望しています。ですから,わたしはあなたを思い起こすのです」。(詩 42:5,6)あなたも天の父に対して,そうした愛と信頼を培ってきましたか。もちろんです,と言われるかもしれません。それでも,次の聖書の言葉に調和して,エホバへの信頼を強めることができるでしょう。「心をつくしてエホバに依り頼め。自分の理解に頼ってはならない。あなたのすべての道において神を認めよ。そうすれば,神ご自身があなたの道筋をまっすぐにしてくださる」。―箴 3:5,6。
19. あなたは,どのような点でエホバへの愛を示すよう努力したいと思いますか。
19 エホバは,まずご自分のほうからわたしたちを愛することにより,わたしたちがどのように神を愛すべきかをお示しになりました。エホバの優れた手本をいつも思いに留めましょう。「心をこめ,魂をこめ,思いをこめ,力をこめて」神を愛していることを,ますます示してゆきましょう。―マル 12:30。
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